明け方の石狩湾新港

上の写真は北海道札幌市の北10~15kmの石狩湾岸にある石狩湾新港で2011年6月に写したものです。左手の記念碑辺りから手前側が、港の中心となる、奥行1.2km×幅400mの巨大な長方形の掘り割り(中央水路地区)です。この港はとんでもなく無駄な設備投資だという感じがしました。第1に港内に停泊していた大型船は1隻のみでした。下の写真は、上の写真の対岸にある小型船舶溜(たまり)という小さな港ですが、こちらには小型の漁船が10隻程度停泊していました。小さな漁港のような感じですが、周りにはプレハブの小屋が一つあるだけで、閑散としていました。

コンテナ用のクレーン(ガントリー・クレーン)は一基だけしかありませんでした。実際2009年の入港船舶総トン数は、276万トンと国内最大の横浜港の2億5,784万トンの30分1、入港隻数は1,232隻と国内最大の土生(はぶ)港(広島県)の8万1,633隻の66分の1となっていて、とてもまともに稼働しているとは言えないと思います。

下の写真は掘り割りの一番奥からの眺めです。早朝で暗かったこともあって見えにくいと思いますが、ここは砂浜となっています。

ただ、唯一賑わっていたのは、一番奥から見て左側の樽川ふ頭で、釣り人が結構来ていました。莫大な費用をかけて、釣り堀を作った感じです。

石狩と言えば、JR北海道の一連の不祥事の発端とも言える、2011年5月27日21時56分頃に発生した石勝線トンネル内特急列車脱線火災事故のあと、2011年9月にJR北海道の中島尚俊社長(64)が、安全意識の向上を社員に促す遺書を残して自殺した際に、乗っていたとみられる乗用車が発見されたのが石狩町の海岸でした。また、同氏の遺体が発見されたのが、30km西の小樽市オタモイの沖合1kmでした。たまたま、2011年8月にオタモイを訪問しましたので、その時に写した写真もご紹介します。

下の写真はオタモイ海岸の展望台から積丹半島方面を写したものです。左下に竜宮のような門が小さく見ますが、これはかつてこの一帯に巨大な遊園地があった名残です。ただ、訪問したときには、展望台と展望台に通じる道以外は、落石の危険があるため、立ち入り禁止になっていました。またこの展望台からの眺めは、「小樽八区八景」の一つに数えられているそうです。

下の写真は展望台の立て看板を写したものですが、ここには当時のパンフレットがコピーされていました。特に大きな建物は写真右側中央に写っている龍宮閣で、当時はその規模は京都の清水寺をしのぐと言われたとこの看板には書かれています。ただ、龍宮閣は昭和27年5月に焼失して、結局遊園地はその後は再開されなかったそうです。

当時の建物では、「唐門」が展望台に通じる道路際に残っていましたが、草に覆われていました。


実は私がオタモイを訪問するのは2回目で、前回は1歳半のときだったことが下の写真から分かりました。

海岸につながる道路際には、市営住宅が並んでいましたが、ほとんどが空き家となっていました。

(2012年12月12日)

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