問題58(宗教)の答え・・・「ルイジアナ州では(b. 1987年)まで、進化論を教える場合には、同時に聖書の創世記に書かれている天地創造神話を教えることが法律で義務付けられていました」が正解です(同書245および269ページ)。

人類の創造に神の関与を認めないアメリカ人は全体の9%にすぎない

科学的には全く認められない、聖書の創世記の記述をそのまま信じている信者のことを、「創造論者」または「キリスト教原理主義者」と呼ぶそうです(247ページ)。

『なぜ人は・・・』によれば、聖書の創世記第1章には、「はじめに神が天と地を創造した。・・・神が、『地(引用者注:地面、大地の意)は植物、種を生じる草、種類にしたがってその中に種のある果樹を地の上に芽生えさせよ』と言われると、そのようになった。それで神は海の巨獣と、その種類にしたがって水に群がりうごめくすべての生き物と、その種類にしたがって翼のあるすべての鳥を創造された。神は見て、それをよしとされた。そして神は、『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配させよう』と言われた」という話が載っているそうです。

『創世』に続く『再生の物語』(創世記第7-8章)には、次のような「ノアの大洪水」についての記述があります。「ノアは、自分の息子達や自分の妻、それに息子達の妻といっしょに、大洪水の大水を避けるために箱船に入った。そして、大水は40日40夜、地の上に降った。こうして地の上を動いていたすべての肉なるものは、鳥も家畜も獣も地に群生するすべてのものも、またすべての人も死に絶えた」

『なぜ人は・・・』の209ページには、創造論について次のような記述があります。「・・・(創造論は)、進化論に基準をおく生物学を認めないだけではなく、初期の人類の歴史にほとんど触れることもせず、宇宙論や物理学、古生物学、考古学、地史学、動物学、植物学、生物地質学の大半を否定しているのだ」

そのため、キリスト教の総本山ともいえるカトリック教会では、「1996年10月27日、ローマの教皇庁科学アカデミーでの挨拶の際、教皇であるヨハネ・パウロ二世でさえ、進化論を動かしがたい理法だと認め、科学と宗教には争いなどない」と述べたそうです(212ページ)。ところが創造論者とキリスト教保守派はこれにはげしく反対しました。保守派の作家カル・トーマスは、「人類を猿と結びつけようとする進化論学者の執拗な圧力に、法皇は長年さらされ、ついに屈服してしまったのだ」と述べたそうです。

また、1991年のギャラップ調査によれば、アメリカ人の47%が「過去1万年以内に、神がいまとそっくりの人類をつくった」と信じており、「人類は原始的なレベルから数百万年かけて進化してきたが、その創造を含めて、すべての流れは神によって導かれたものだ」とする中道的な意見が40%を占め、「人類は原始的なレベルから数百万年以上の時間をかけて進化してきた。神はそこになんら関与していない」と信じているのはわずか9%だけだそうです(248ページ)。

いろいろの論争が起こるのは、「99%の科学者が、わずか9%のアメリカ人しか共有していない、厳密な自然主義的立場をとっている」ためのようです。

進化論の教育が禁止されていた州もあった

歴史的にみると、1923年には、フロリダ州議会で「進化論教育禁止令」が可決され、1925年には「州内のあらゆる大学、師範学校、およびそのほかすべての公立学校において・・・・教師が、聖書に教えられている神による人間の創造を否定するいかなる説も教えることも、そしてそれにかわって、人類は下等な動物に由来するという説を教えたりすることも違法とする」というバトラー法がテネシー州議会で可決されたそうです(249ページ)。

しかし、その後これらの法律は憲法で認められた信教の自由に反するという見方が支配的になりました。問題で触れた、「人間は神が造ったという聖書の記述と矛盾する「進化論」を学校で教える場合には、同時に聖書の創世記の天地創造神話を教えること」というルイジアナ州法が、連邦最高裁判所の1987年の次の判決で、無効とされたため、「進化論教育」に対する規制が米国から完全になくなりました。

「本法令は、 非宗教的意図を欠いているため、修正第1条の国教条項に違反するものとし、無効とする」、さらに「超自然的な存在が人類を創造したとする宗教的信念を助長させることにより、宗教を承認したことは許すことができない」

ここで「国教条項(the Establishment Clause)」とは同書の256ページによれば、「憲法修正第1条に定められた、連邦議会による国教の制定を禁ずる条項のこと」だそうです。「非宗教的意図」(secular purpose)とは、法律が特定の宗教に有利にならないための配慮のことのようです。

この判決によって、米国の法律から、キリスト教色は、ほぼ消えましたが、1991年のギヤラップ調査からも分かるように、アメリカ人の思考様式は、日本人が想像する以上にキリスト教に支配されているようです。この点については、最近気付いたことの「米国社会のタブー」もご参照ください(2001年12月14日)。

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