問題53(作文)の答え・・・「a.カキフライ」について書きなさいとアドバイスするそうです。

主観的な表現の多い文章には説得力がない

『翻訳夜話』(村上春樹、柴田元幸著、文春新書)という対談集の235―236ページで村上氏は、

「自分について書きなさいと言われたとき、自分について書くと煮詰まっちゃうんですよ。煮詰まってそのままフリーズしかねない。だから、そういうときはカキフライについて書くんですよ。好きなものなら何でもいいんだけどね、コロッケでもメンチカツでも何でもいいんだけど・・・・自分とカキフライの間の距離を書くことによって、自分を表現できると思う。語彙(ごい、引用者注:単語についての知識)はそんなに必要じゃないんですよね。いちばん必要なのは、別の視点を持ってくること。それが文章を書くには大事なことだと思うんですよね。みんな、つい自分について書いちゃうんです。でもそういう文章って説得力がないですよね」

と言われています。煮詰まるとかフリーズする(もともとは凍るという意味ですが、ここではコンピュータの画面が動かなくなってしまったために、それまでの処理がムダになるという意味で使っているのではないかと思います)というのが何を意味しているのかは、この本には説明されていませんでした。そこで、それらしい例を、『文章術』(多田道太郎著、朝日文庫)から見つけましたので、ご紹介します。「自動販売機(飲料の)」という文章の最初の部分です(147ページ)。この文章は、著者が自分について書いた文章ではないのですが、フリーズする感じが分かると思いますので、紹介させていただきます。

「狭い通り、ごみごみした店並の歩道、それらを一層狭く、がたびしさせてしまうもの、それが自動販売機の列。高さも色もデザインもすべてマチマチのジュースやコーヒーの販売機。私はいつも"嫌だなぁー"と思ってしまう。暑いときからからの喉でその横を通りすぎると、ふと何かのんでみようかと思う。旅行していて、駅などでは特にそう思う」

この例の前半の文章には、「狭い」、「ごみごみした」、「一層狭く、がたびしさせてしまう」、「・・・すべてマチマチの」などと主観的な表現が並び、最後に「"嫌だなぁー"と思ってしまう」と主張されています。こう書いてしまうと、リスタート(再起動)しない限り、その先を続けるのがかなり難しいのではないでしょうか。実際、最初の文で文章の流れが、フリーズしてしまって、次の文章と意味がうまくつながらなくなってしまったようです。

村上氏が言いたかったのは、一般の人が自分について書くと、内容が主観的(または自己中心的)になり過ぎる傾向があるため、「カキフライ」などという具体的なものについて書くことによって、事実に基づいた客観的な文章に近づけることができるということではないかと思います。

問題の解答は以上ですが、小説家の村上氏がなぜ『翻訳夜話』という対話の本を出したかを不思議に思われた方もいらっしゃると思いますのでその辺の話を少し付け加えます。村上氏は翻訳家でもあり、『レイモンド・カーバー全集』などの翻訳書も多数出されています。村上氏は小説家になる前から、翻訳をしたいという気持ちがあったそうです。同書の59ページには次のような村上氏の話が載っています。

「カポーティ(引用者注:Truman Capote、アメリカの小説家、「ティファニーで朝食を」など)、フィッツジェラルド(引用者注:Francis Scott Fitzgerald、アメリカの小説家、「偉大なるギャツビー」など)の文章があまりにも美しくてすばらしいからこういうものを目の前にして、自分が小説を書くというようなことは、正直言って考えもしなかったです。・・・むしろそういう人たちの見事な文章に何らかのかたちで「参加したい」という気持ちのほうが強かったですね。・・・・・だから僕は自分でこつこつと翻訳を始めたんです」

また、235ページには、村上氏の小説と翻訳とは密接に関係していることを示す次のような話も載っています。

「最初の小説を書いたとき、とりあえず英語で書いて、それを全部日本語に訳し直して日本語にしたんです」

村上氏の小説は、訳文調をうまく生かしているという面があるようです。ただ、同氏の『ねしまき鳥クロニクル』という小説を英語に翻訳したジェイ・ルービンというハーヴァード大学の先生が、文中の「個人的にとらないでくれ」という日本語表現について「おいハルキ、そんな表現は日本語にはないよ」と指摘されたそうです(221ページ)。村上氏によれば、これは、英語の "Don't take it personally." の直訳だったそうです(「あてつけに言ったんじゃないよ」とでも訳すんでしょうか)。ちょっとやり過ぎだったようですね(2001年4月15日)。

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