問題95(オーディオ)の答え・・・現在市販されているスピーカーの性能で著しく見劣りがするのは(b. 低い音を再生できる性能)です。

音の高さは音を伝える波(音波)の周波数(1秒間に振動する回数)で決まります。高い音の周波数は高く、低い音の周波数は低いことになります。低い音を再生する性能は、どのくらい低い周波数の音を再生できるかでほぼ判断できます。そこで2015年2月下旬にビックカメラ新宿西口支店のオーディオ機器売り場にあった日本メーカーのカタログ全てとアメリカのJBLというスピーカー専門メーカーのカタログをもらってきて、各カタログで一番低い音の出る機種の最低の周波数(下限周波数)、価格、低音用スピーカーの直径を下の表に示しました。この表から、40年前のビクターのスピーカーに匹敵する低音性能(下限周波数が35Hz)を備えている機種は、最低でも15万円はすることが分かります。

各メーカーのカタログで一番低い音が出せる機種の価格

メーカー カタログに載っているスピーカーのうち再生帯域の下限が一番低い機種の下限周波数(低いほど高性能)(機種名) 下限周波数に対応する波長(m, 340m/周波数) 価格(1本の価格、2本セットの場合はその半額) 低音用スピーカー(ウーハー)の直径(cm)
日本ビクター(40年前) 35Hz(Sx-3) 9.7 約3万円 25
JBL(米国) 23Hz以下(注)(Project Everest DD6700) 14.8 約300万円 38
ONKYO 30Hz(D-77NE) 11.3 約15万円 30
DIATONE 35Hz(DS-MA1) 9.7 約105万円 30
KENWOOD 40Hz(LS-K901-M) 8.5 約1.3万円 12
DENON 45Hz(SC-F109) 7.6 約0.5万円 12
PIONEER 45Hz(SBX-N700) 7.6 約1.5万円 7.7
SONY 48Hz(SS-HA1) 7.1 約3万円 13
JVC(日本ビクター) 55Hz(SX-WD30) 6.2 約1.1万円 11
PANASONIC 再生帯域の記載なし - - -
BOSE 再生帯域の記載なし - - -

注:JBLのカタログには、日本とは異なる-6dBという基準で測定した数値(29Hz)が載っていますが、表中の23Hz以下というはJBLの方に直接お聞きした、日本と同じ-10dBという基準で測定した数値です(この意味については下の「音圧周波数特性図」の説明をご参照ください)。

「永遠の未完成」


『続 オーディオ常識のウソ・マコト』(千葉憲昭[のりあき]著、ブルーバックス、講談社刊)には、『今日のアンプの技術は「完成域」に達しているので・・・どれを買ったらよいのかと質問されても困るくらいである。しかしスピーカーについては「永遠の未完成」で特性の山谷が大きく、・・・・あえて筆者から「お勧め」するものはない』と書かれていて、満足できる国産のスピーカーが手頃な値段ではないことが分かります。

人が聞こえる範囲の周波数の音を再現できれば理想

スピーカーは英語でもspeakerとも書くこともありますが、英語のspeakerは「話す人、話者」という意味で使われることが多いため、誤解を避けるためには標準的な訳語であるloudspeaker(ライドスピーカー)を使う方が確実のようです。その機能はアナログ電気信号(音波の強さの波形をそのまま電気信号で表したもの)を音波に変換することですが、その際アナログ電気信号によって電磁石を振動させ、その電磁石に固定された振動板(普通は紙製で円錐形をしているため、円錐体を意味する英語からコーンと呼ばれています)を振るわせて音を出します。

スピーカーの性能は、受け取ったアナログ電気信号の波の形を正確に音に再現できるかどうかで決まります。人間が耳で聞くことができる音の周波数の範囲(可聴範囲)は、個人差がかなりありますが、約20Hz(ヘルツ、1秒間に20回振動するという意味です)から20kHz(=20,000Hz)程度の範囲のようです。そのため、可聴域について正確に音を再現できればいいことになります。

音楽や人の声では低音部が重要

『オーディオ常識のウソ・マコト』(千葉憲昭[のりあき]著、講談社、ブルーバックス、1994年刊)によると、「音楽や自然界の音のエネルギーは低域に偏っていて、高域になるほど、そのレベルが低下している」(171ページ)」そうです。例えば、音楽の音域の中心で「標準音」とされているイ(ドレミでは「ラ」)の音の周波数は440Hzで、88鍵のピアノの周波数の幅は、27.5Hzから4,186Hzです。ピアノの一番低い音は人間の可聴範囲下限である20Hzのわずか1.37倍ですが、一番高い音は可聴範囲上限である20kHzの4.8分の1ですので、ピアノの音は可聴範囲のかなり下の方に集中していることになります。一番音域の広い楽器とみられるパイプオルガンの場合、最低周波数は16Hzと普通の人が聞こえない領域で、最高は12kHzで、こちらは可聴範囲内で、上限である20kHzの1.7分の1ですので、こちらも低音に偏っています。

人間の声に含まれる周波数は100Hzから20kHzまでと広いのですが、音量の大半は100Hzから1,000Hz(1kHz)に収まるようですので、これも低音域に集中しています。さらに、町の雑音の周波数は60Hzから100Hzと非常に低音域にピークがあるようです(『わかる音響学』(中村顕一他著、日新出版)。

高音部の再生は技術的にはほとんど問題はない

エレクトロニクスの進歩に伴って、信号処理の高速化が進み、振動数の高い音を出す技術はどんどん進歩しました。人間が聞こえるぎりぎりの15kHz以上の音波を超音波といいますが、『わかる音響学』によれば、同書が発行された1997年頃で既に、3,000MHz(30億Hz、ただしMHz=メガヘルツ=100万Hz)の超高周波超音波を使った超音波顕微鏡が登場していたそうです。例えば、3,000MHzという周波数は可聴域上限の20kHzの1万5,000倍に相当します。さらに健康診断の際の超音波検査では3-14MHzの超音波が使われていますし、超音波はソナー(水中通信、水中探査など)、音響測深機、探傷機にも使われ、眼鏡店の前には超音波洗浄機がよく置かれています。そんなわけで、可聴域のうち、高音部分の再生には技術的にはほとんど問題はないとみられます。

低音を出しにくい二つの理由

ところが、低音部分を出すのにはかなりの技術が必要となります。低音部の再生が難しいのには二つの理由があります。第一に、回り込み現象(物理学では回折[かいせつ]現象と言います)のために周波数が低くなる(音波の場合、[周波数] × [波長] = [音速] = 毎秒340mという関係があるため、これは波長が長くなることを意味します)に伴って波が伝わりにくくなり、大きな発音体を使う必要が生じ、第二に、大きな発音体を使うと音にひずみが生じる(出そうと思っていた音以外の音も出てしまうこと)ためです。

回り込み現象はバスタブの中での実験で簡単に確かめることができます。バスタブの中で波を起こそうとすると、手を水面近くで前後に小刻みに揺らすと波長の比較的短い(比較的周波数の高い)波ができますが、周波数が低く、波長の長い波を作ろうと思って、手をゆっくり動かすと手の周りをお湯が流れて手の裏側に移動する(回り込む)ため、波ができなくなります。波長の長い波を作るためには、板などの面積の大きな震動源を動かす必要が生じます。

実際、スピーカーが箱などに組み込まれていない裸の状態では同じ電力を加えても、振動体の大きさなどから決まるある波長より長い波長の音波の出力は、波長が2倍になるに伴って半分になるそうです(同じことですが、ある周波数より低い周波数の音波の出力は周波数が半分になるに伴って半分になるそうです。『新版スピーカー&エンクロージャー百科』監修佐伯多門、誠文堂新光社、108ページ、ただしこの本では同じ内容のことを「-6dB/octで減衰します」、つまり[1オクターブ当たり6dB減衰します]と書いてあります)。スピーカーが必ず箱(エンクロージャー)に組み込まれているのは、この回り込みの影響を抑えるためです。

この現象によって、低音を出すためには大型のスピーカーが必要となります。実際上の表を統計的に分析することによって、スピーカの直径は下限周波数に対応する波長の42分の1程度であるという比例関係があることが分かりました(統計的に言えば、サンプル数は9件と少ないですが、決定係数は0.98、標準誤差は5.0でした)。



下の図は40年前のSX-3の取扱説明書(最近は「トリセツ」と言う人が増えてます)からのコピーです。BASS ADJUST ON とBASS ADJUST OFFと書かれた線(低音調整スイッチを入れた場合と切った場合という意味のようです)が音圧周波数特性図です。音圧(SPL, Sound Pressure Level)は音の大きさのことでその単位はdB(デシベル)です。SPL= 20 log (P/P0)と表されます。ただし、Pは音の圧力の大きさの一定時間についての平均(二乗したものの平均の平方根)で単位はパスカル(Pa, ニュートン/1m2)で、P0は1kHzの音を健康な若い人が聴くことができる最小の音圧(20μPa、μPaは100万分の1Pa)です。スピーカーの音圧はスピーカーに1W(ワット)に相当する電圧を加え、スピーカーの前方1mの点で測定されます。

下の特性図から、SX-3は60Hzから15kHzまでの間ではほぼ85dBの音圧があることが分かります。日本ではこの台地の水準から10dB(音圧の比率では3.2分の1)下回る所までが再生可能な範囲と考えられています。SX-3の場合10dB下回った範囲は35Hz(けっこう40Hzに近く見えます)から20kHzであるようです。上の表の注で触れたJBLのカタロクの場合には、より厳しい条件で範囲を測定している場合があるようです。JBLのカタロクには下限周波数の後に(-6dB)(音圧の比率では2分の1)と書かれたものと、書かれていないものがあり、このことをJBLの方にお聞きしたところ、(-6dB)と書かれていないものは(-10dB)の範囲を示しているそうです。下の特性図だと(-6dB)の範囲は45Hzから20kHzくらいに見えますので、下限が10Hz狭くなるようです。

音のひずみも低音ほど大きくなる

この図の下の方に第2高調波、第3高調波と書かれた線がありますが、これは音のひずみを表しています。具体的には、ある周波数の信号をスピーカーに送った際に、その周波数の倍(1オクターブ上)の周波数の音がどの程度出ているかを示したのが第2高調波、3倍の周波数の音がどの程度出ているのかが第3高調波という線で、ともに周波数が低くなると大きくなる傾向があります。これは、低い周波数になると振動体が一体として振動せずに、内側と外側、上と下などというように別々に振動するようになり、その分高い周波数の音が出てくるためのようです。これが低音の再生を難しくしているもう一つの理由です。

下の写真は再生可能周波数の下限が8Hz(波長42.5m)とされている三菱電機のDIATONE D-160というスピーカーで1980年頃に生産された試作品だそうです。発音体(コーン)の直径は160cm(8Hzから計算した推計値は約100cm)です。あるホームページによると「テストで音出しした時、建物が共振し地震かと思ったほかの部署の社員が飛び出したと言う伝説が有ります。」とのことです。すごいですね。

海岸でスプーンを使って大きな波を起こそうとするようなもの

いい音を聞くためには、大きなスピーカーが必要なようですが、日本の住宅事情のために、まともなスピーカーは人気がなくなり、日本ビクターのように、昔は高級品を生産していたものの、現在では「ものつくり」の技術が失われて普及品しか作ってないメーカーが大半のようです。さらにひどいのは、PanasonicやBOSEのように、性能を公開していないメーカーもあることです。

最悪なのはヘッドホンやイアホンの性能表示で、多くのメーカーが再生可能周波数の下限をなんと5Hzとしていることです。直径160cmのスピーカーでさえ、8Hzしか出せないのに、なぜ5Hzが出せるのか不思議です。しかも、どこのメーカーも5Hzと書いてあり、4Hzとか6Hzというのは見たことがないため、本当に測定しているのかどうか疑わしいと思います。どうやって測定しているのかを公開していただきたいものです。

私に言わせれば、イヤホンやヘッドホンはある程度の機密性があるため回り込みを抑える効果は期待できますが、発音体が小さいため、振動数が5Hz、つまり波長が68mの波を作るというのは、海岸でスプーンを使って大きな波を起こそうとしているような感じがします(2015年3月21日)。

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