アフガニスタンでは、タリバンがあっという間に支配力をほとんど失ってしまい、オサマ・ビンラディン氏や同氏が率いるテロ集団「アルカイダ」も苦境に追い込まれたようです。ただ、オサマ・ビンラディン氏が捕らえられて裁判にかけられれば、問題は解決するかというと、話はそう簡単ではないようです。イギリスのセントアンドリューズ大学テロリズム政治暴力研究所副所長の、マグナス・ロンストループ氏によれば、アルカイダは「・・・評議会の下に4―5万人規模の戦闘集団や資金調達などを担当する組織がある。多頭の怪獣のような組織で、リーダーを一人捕まえても新たなリーダーが二、三人出てくる」そうです(『日経新聞』2001年10月22日付の「テロ戦争と世界」というインタビュー記事)。
確かに、テロによって、一般市民を大量に殺害することは許されることではありません。ただ、今回の事件には、単なるテロ事件というよりも、もっと深い意味があるようです。湾岸戦争が終わってから、大きな戦争がないまま10年も経ち、米軍に武器の在庫がたまり過ぎたため、戦争が計画されたという話を最近聞きました。お聞きしたのは、大手商社系の投資会社の社長さんからです。この方は、米国の大学の大学院のご出身で、この話は米国人の同窓生の方から、同時多発テロの発生直後にお聞きになったそうです。また、私がこの話を別の米国人にしてみたところ、その人も聞いたことがあると言っていました。どうも、米国人の間ではかなり知られた話のようです。
ブッシュ大統領が、石油産業を支持基盤としていることはよく知られていて、温暖化ガス排出の削減を目指した京都議定書への参加を米国が拒否したのは、温暖化ガス排出抑制で打撃を受ける可能性のある石油業界の反対が背景にあると言われています。社長さんのお話では、石油産業とともに、軍需産業もブッシュ大統領の支持母体とされているとのことでした。軍に武器の在庫がたまり過ぎると、それ以上売り込めなくなるため、この在庫を減らしてほしいと考えるのは、軍需産業にとって当然の期待といえます。ブッシュ大統領は、軍需産業の意向を受けて、武器の在庫を整理するために、就任直後から、戦争を始める準備を進めていたそうです。クリントン大統領が推し進めてきたパレスチナ和平協議に対して、ブッシュ大統領は距離を置いて、結局協議が中断されるのを放置したことや、パウエル国務長官など複数の元軍人を政府の中枢に迎え入れたのは、戦争準備のためだったとみられるそうです。パレスチナ和平協議の中断によって、自分たちが住んでいた土地をイスラエルに侵略され続けてきたパレスチナ人は、武力によってしか、自らの主張を実現することができないと思わざるを得ない絶望的な状況に追い込まれたのではないでしょうか。〔注:ブッシュ元大統領の本音については、問題68(政治)をご参照ください。2011年12月25日追記〕
この話が本当だとすると、今回のテロ戦争の直接の原因を作ったのは、そこまでパレスチナ人を追いつめたイスラエルや同国を支援するブッシュ大統領だったということになります。芥川賞作家の辺見庸(へんみ
よう)氏は、『朝日新聞』10月9日付の「道義なき攻撃の即時停止を」というコラムで次のように述べています。
「・・・オサマ・ビンラディン氏の背後にあるのは、数千の武装集団だけではなく、おそらく億を超えるであろう貧者たちの、米国に対するすざまじい怨念(おんねん)である。一方で、ブッシュ大統領が背負っているのは、同時多発テロへの復讐(ふくしゅう)心ばかりでなく、富者たちの途方もない傲慢(ごうまん)である。・・・20世紀がこしらえてしまった南北問題が、米国主導のグローバル化によってさらに拡大し、ついにいま、戦闘化しつつあるということだ。富対貧困、飽食(ほうしょく、腹一杯食べられること)対飢餓、奢り(おごり)対絶望 ― という、古くて新しい戦いが、世界規模で始まりつつあるのかもしれない」
途上国の人びとがいかに貧しい食生活を送っているかについて、辺見氏の、『もの食う人びと』(角川文庫、1994年の講談社ノンフィクション賞・JTB紀行文学賞受賞作)に驚くべき話が載っています。この本は「世界食べ歩きの旅」とでも呼べる旅行記ですが、世界の人びとの生活を、「食べる」という行為とそれに関係する事柄を描くことによって伝えています。「人びとはいま、どこで、なにを、どんな顔をして食っているのか。あるいは、どれほど食えないのか。ひもじさをどうしのぎ、耐えているのだろうか。・・・うち続く地域紛争は、食べるという行為をどう押しつぶしているか・・・それらに触れるために、私はこれから長旅に出ようと思う」という言葉からこの本は始まっています。
驚くべき話というのは、最初に訪れたバングラデッシュの首都ダッカでの最初の食事についての部分です。辺見氏は、なぜか線香の香りがただよう、駅前広場の屋台で、白いご飯に骨付きの鶏肉マトンがたくさん載ったバット(価格は日本円で15円)を食べました。すると、その屋台で食事をする辺見氏の周りに人だかりができたそうです。その話を同書の15―16ページから引用させていただきます(同書の最初のページにその時の写真も載っていました)。
「お米の文化はやっぱりいい、とうなずきつつ、二口、三口。次に骨つき肉を口に運ぼうとした。すると突然「ストップ!」という叫び。
「それは、食べ残し、残飯なんだよ」
たどたどしい英語が続いた。よく見れば、肉にはたしかに他人の歯形もある。ご飯もだれかの右手ですでに押ししごかれたものらしい。線香は、腐臭消しだったのだ。
うっとうなって、皿を私は放りだした。途端、ビーフジャーキーみたいに細い腕がニュッと横から伸びてきて、皿を奪い取っていった。10歳ほどの少年だ。ふり向いた時には、クワッと開いた口が骨つき肉に噛みついていて、もう脇目(わきめ)もふらないのだった。
忠告の主は、モハメド・サムスと名乗るタカのような目の男だった。三十歳。ホテル従業員だったが、いまは失業中だという。歩きながらモハメドは言った。
「ダッカには金持ちが残した食事の市場がある。残飯市場だ。卸売り、小売りもしている」
口に酸っぱい液がどくどく湧いてきて、私はしきりに唾(つば)を吐いた。
グローバリゼーションと貧困
過去50年間に、強い国は一層強く、貧しい国はますます貧しくなってきたのは、アメリカが中心となって推し進められてきたグローバリゼーションの流れが原因となっているという見方が、反グローバリゼーション運動の背景となっています。日本では反グローバリゼーション運動のことは、いろいろな国際会議のときに騒動を起こすグループがあるという程度しか報道されていませんが、欧米や日本以外のアジア諸国では、はるかに大きな運動となっているようです。例えば、世界企業である、マクドナルドの進出に反対して、フランス国内のマクドナルドの店舗を破壊して逮捕された、反グローバリゼーション運動の戦士、ジョゼ・ボベのことを知らないフランス人はいないと言われるほどです。
日本では、アメリカに追従して、グローバリゼーションの恩恵を受けることばかりに目が向けられているようです。そのため、この運動はほとんど根付いていません。しかし、「悪の大国」(旧ソ連のことをレーガン元大統領はこう表現しました)が崩壊して、冷戦が終わり、米国にとって、「不沈空母」(日本の役割として中曽根元首相が使った言葉)であった日本の必要性も、はるかに小さくなったため、米国は日本に対して、過去50年間と同様に友好的であり続けるとは考えられないのではないでしょうか。一方、中国や韓国などのアジア諸国は急速に力を付けてきていて、サミュエル・ハンチントン氏が『文明の衝突と21世紀の日本』(集英社新書、49ページ)で指摘しているように、近い将来、日本が中国に追い越される可能性が高いようです。戦後50年間続いた米国追従型の政治・経済をこれからも続けていいものかどうか、考えてみる時期になったと言えるのではないでしょうか。
辺見氏の朝日新聞の記事では、日本政府のテロ事件への対応について次のように指摘されています。
「(米国のやり方に)ひたすら追従する日本政府は、首相みずから憲法9条、同99条(憲法尊重擁護義務)に違反してまで、米国の報復攻撃を助けようとやっきである。勢いづくこの国のタカ派の論法の先にあるものは、徴兵制の復活でもあろう」
徴兵制が復活して一番悲惨な目に遭うのは、真っ先に徴兵の対象とされて、戦場に送り込まれる若者です。
『世界』2001年10月号の『危機の根源はメディアの言語にある』という対談記事で、辺見氏は次のように指摘しています。
中曽根自身が言っているように、彼と石原(引用者注:東京都知事)と小泉(引用者注:首相)は、憲法改正、集団的自衛権の行使、靖国参拝などで考え方が共通している。こうした「タカ派」色を、わざわざメディアが薄めてやっている。・・・それを追求する執拗さ(しつようさ=しつこさ)がなくなってきている。公然たる小泉批判は、しにくい雰囲気になっている。この三人に共通しているのは、人民大衆の情念というか、情緒に訴えるところです。そして、ヒューブリス(無知の傲慢[ごうまん]、引用者注:hubris
=思い上がり、傲慢、居丈高[いたけだか]、不遜[ふそん])を刺激する。
若いみなさんは、小泉首相、石原東京都知事、中曽根元首相などの、一見物分かりの良さそうな顔をしていながら、その実態は軍国主義者に近い、自民党タカ派(または、そのOB)の動きに目を光らせておく必要があるのではないでしょうか。(2001年11月17日)
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