田中康夫・長野県知事が2本目のクリーンヒット---その裏で危険な動きが進行中

不要な公共事業に歯止めがかからないことを苦々しく思っている一般市民に、「『脱ダム』宣言」で新鮮な衝撃を与えた田中康夫・長野県知事が今度は、「『脱・記者クラブ』宣言」で、報道の自由に対する懸念を持っている一般市民を驚かせました。

田中知事は、県庁内の「記者クラブ」(30社が加盟)に対して、2001年6月末をめどに退去を求め、記者クラブがあった場所に、新たに「プレスセンター」を設置することを2001年5月15日に発表しました。主要紙の中で、この動きを最も詳しく伝えた『中日新聞』によれば、記者クラブをクラブ加盟者以外にも解放する試みは、1996年に神奈川県鎌倉市で実施された例があるそうですが、県レベルでは全国初だそうです。

「記者クラブ」という言葉は、何か親睦会のような響きがありますが、『メディア・ファシズムの時代』(浅野健一著、明石書店)によれば、その実態は、「警察署をはじめとする、官公庁、大企業などで、「記者室」を提供され、事務職員(公務員または嘱託職員)の派遣、電話、ファックスなどの便宜供与を受け、メンバー以外のメディア記者を排除していると批判されている。・・・・部屋をただで借り、様々な便宜供与を受けているから、当局の意のままになる」そうです。また、記者クラブが各省庁にできたのは1926年に成立した治安維持法下だそうです。「日本のファシズム化が進む中で、一県一紙体制(一つの県に新聞は一紙に統合)が確立したのと平行して完成したそうです。記者クラブの数は全国で1,200を上回っていると推定されています(276ページ)【この部分は、問題27 (報道)解答からコピーしました】。

「『脱・記者クラブ』宣言」の最初の部分が『週刊文春』5月24日号に載っていましたので、ご紹介させていただきます。

「その数、日本列島に八百有余とも言われる「記者クラブ」は、和を以て尊しとなす金融機関すら゛護送船団方式゛との決別を余儀なくされた21世紀に至るも、連綿と幅を利かす。それは、本来、新聞社と通信社、放送局を構成員とする任意の親睦組織的側面を保ちながら、時として排他的な権益集団と化す可能性を払拭し切れぬ。現に、世の大方の記者会見は記者クラブが主催し、その場に加盟者以外の表現者が出席するのは難しい」

新聞社、放送局、通信社(時事通信、共同通信などの取材会社で新聞社、放送局にニュースを販売している)などの記者クラブに記者を派遣しているメディアは、この特権を失いたくないため、記者クラブを設置している官庁などに都合の悪いことは報道しないという傾向があるようです。報道機関が報道しなかった重要な事実を挙げようとしたらきりがありません。このホームページで紹介した件だけでも、(1)政治資金規制法改正法案の審議中に、当時首相だった小渕氏の不正献金疑惑が発覚した件(小渕首相への不正献金疑惑、99年12月8日、ただしインターネットでは報道されました。この記事の下に、「松戸市立幼稚園で、から出張を告発した女性教諭にトイレ以外は空部屋から出ないように指示」という記事も新聞には取り上げられなかったことにも触れました)、(2)日産自動車の合理化反対で、4,000人規模のデモが東京都心であったこと(フランス人が日産自動車に期待すること、2000年2月7日)などがあります。また最近では、介護サービス会社のケアマネジャーが、自分の担当だった、身体の不自由な老人を殺して金を奪ったという強盗殺人事件で、犯人がどの介護サービス会社の社員だったかという、ユーザーにとって最も重要な情報を報道した報道機関はなかったようです(ご存知の方がいらっしゃったらご連絡ください、訂正させていただきます)。よほど大量の資金を使って、ほとんどの報道機関の情報を抑えたのではないかと思います。

お役所に都合の悪いことを報道するとどうなるかということを示すのが、95年3月30日に発生した国松警察庁長官狙撃事件の捜査にまつわる闇(やみ)の部分を追求した話題の書、『警察が狙撃された日』(谷川 葉著)という本を出版した、三一書房です(この件については、問題28(警察)をご参照ください)。この本が出版されたあとに警察は、三一書房の銀行口座の資金の流れを調べたことを認めています。これに対して、社会民主党の保坂展人衆議院議員は、「同社がなんらかの、犯罪や犯罪行為に関与した事実は見られず、警察関係者が執筆したという風評があることから、「警察が撃たれた日」の著者を割り出すために行われたと見なさざるを得ない」と述べています。その後、同社には、外部から社長が送り込まれ、前社長や組合員を追い出して、ロックアウト(経営者が社員を会社内に入れない状態に)するという事態になったようです。現在でも、旧経営陣と新社長の対立状態は続いているようです。

非常に危険な「個人情報保護法」

一方、国政レベルでは、非常に危険な動きが進んでいます。3月27日に国会に提出されることが閣議決定された「個人情報保護法」によって、報道の自由はますます強く制限を受ける危険が大きいようです。

東京情報大学教授の桂 敬一氏は、『日本の個人情報保護法制化の動きに関する一考察』という論文で、海外の個人情報保護法では、「法の適用が求められるのは、第一に政府のデータ保有・利用に対してであり、ある意味で、それにつきると言ってもいいぐらい、政府に関する問題が重要であると観念されている実態が明白となる」のに対して、日本の個人情報保護法の場合は、「政府が民間機関や政府を監視する報道機関に対して、優越した情報支配の立場を築くための仕組みとなるおそれを伴っている」と述べています。

『ニューズウィーク』誌のコラムニスト であるデーナ・ルイス氏は、2001年5月16日号の「個人情報保護法案は危険すぎる」という記事の中で、つぎのように述べています。「この個人情報保護法案はひどいものだ。これは、社会の透明化に立ちはだかる人々が秘密裏に画策したものであり、自分たちの気に入らないニュースを押さえ込むためのものだ。うがった見方に聞こえるかもしれないが、現に自民党のメンバーがこの点を認めているのである」

この法律が標的にしているのが、週刊誌、月刊誌を発行している出版社です。新聞、テレビ、通信社などは、「記者クラブ制度」に代表されるような規制によって、政府、大企業に都合の悪い記事を報道する恐れはほとんどなくなっています。そのため、規制対象から外されたようですが、週刊誌、月刊誌は、比較的自由に発言しているため、規制対象とされたようです。

森前首相が売春で逮捕されたことがあることを報道した月刊誌『噂の真相』(この雑誌については、最近気付いたことの「サメの脳みそ、ノミの心臓、オットセイの・・・」をご覧ください)2001年6月号の「稀代の(引用者注:まれにみる)悪法「個人情報保護法」で言論統制時代開幕の危機感を持つ雑誌メディアやフリーが最後の反撃」という記事によれば、この法案には、「対象者の同意がなければ記事にできない」、「対象者の取材内容の開示や訂正の求めには応じなければならない」、「拒否した場合には6カ月以下の懲役」などと書かれているそうです。この法律は、週刊誌の記事がきっかけとなって退場を迫られた森前首相が考えたとしか考えられないような内容で、本人に都合の悪いことは一切書けなくなることを目的としているようです。

さらに、この記事は、次のような言葉で締めくくられています。

「この法案、・・・・、通過すれば、週刊誌、そして『噂真』自体の存在も否定され、ファシズムの時代到来となる。『噂真』は休刊宣言を待たずして、権力によって存在を抹殺されることになる、稀代の悪法なのだ」

(2001年6月1日)

「個人情報保護法」は、6月29日に会期末を迎えた通常国会では成立しませんでした

6月29日に会期末を迎えた通常国会では、「個人情報保護法」は成立しませんでした。ただ、『日経新聞』2001年6月4日付によれば、政府は2003年4月の施行を目指していて、次の通常国会(通常、12月上旬に招集され、150日の会期で開催される)以降に法案の処理が先送りされる見通しだそうです。そのため、この問題からはまだ目が離せそうにありません。

「個人情報保護法案」の全文と最近の関連情報については、「個人情報保護法メモ」http://www.geocities.co.jp/Colosseum-Acropolis/7376/hogoho.htmlをご参照ください。

(2001年7月3日追記)

「個人情報保護法」は今通常国会で成立しそうです

構造改革はかけ声倒れに終わりそうな小泉首相も、自民党タカ派のアイデンティティー(この点については、「アメリカ流の在庫整理の方法」をご参照ください)は堅持しているようで、国民の知る権利を圧殺しかねない「個人情報保護法」の成立にはことのほか熱心なようです。公明党が賛成に回ったこともあって、この時代錯誤的法律が今国会で成立しそうな雲行きになってきました。これで日本は民主主義からますます遠ざかり、戦前のような全体主義、軍国主義への道を歩み出す危険が非常に高くなった気がします。

(2002年4月13日)

「個人情報保護法」は7月31日に会期末を迎える通常国会では成立しない見通しとなりました

世論の反発が予想以上に大きかったためのようです。しかし、廃案になったのでなく、小泉首相は秋の臨時国会での成立を狙っているようです。それにしても、懲りないお方でんなあ。

(2002年7月29日)

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