問題62(作文)の答え・・・(a. 文章全体の流れをスムーズにするため)が正解です。ただ、私は(c. 情報伝達の効率性を高めるため、言い換えれば、短い文章にできるだけ豊富な情報を盛り込むため)重複を避けるという側面が強いと考えています。また、同じ言葉を繰り返すよりも、言い換える方が新鮮な印象を与えるのは当然ですから、(b. 文章にめりはりを付けるため)繰り返しを避けることもあるのではないかと思います。

繰り返しを避けると多くの場合情報伝達の効率性が向上する

同じ言葉が何度も出てきたために、よどんでいた流れが、別な言葉に言い換えることによってスムーズになる例を、同書の126ページからご紹介します。

[訂正前]閣議は関係閣僚を中心に24日の予定だが、被害農家への資金援助を中心とした救済対策のほか、食料品の緊急輸入問題、小売り物価急騰の未然防止策などを中心に協議することになろう。

この文章には、「中心」という言葉が3回使われています。下の訂正後の文章では、このうち最初と最後が書き直されていて、真ん中の一つだけが残されました。

[訂正後]24日に予定されている関係閣僚による閣議では、資金援助を中心とした被害農家救済策のほか、食料品の緊急輸入、小売り物価急騰の未然防止など一連の緊急対策を協議することになろう。

[訂正前]の文章の、「閣議は関係閣僚を中心に24日の予定だが」という最初の節では、本来なら「中心に・・・(招集される)予定だが」とすべきところ、(招集される)を省略してしまったために、「中心に]という副詞句(
用言および情態を示す体言または他の副詞を修飾する単語のまとまり)がどの言葉を修飾するのかが分からなくなっています。また、この節では、問題57(作文)の答えの最後でご紹介した、「あいまいな「が」」が使われています。さらに、意味から考えて「中心に」の「中心」は必要ないとみられるため、一ノ坪氏は、「を中心に」の部分を「による」に修正して、さらにこの節全体を、副詞句として書き直されたようです。

最初の節の場合には、「中心」という意味を除いても問題がないため、表現を簡略化しましたが、最後の節の場合には、意味を補うことによって問題を解決しています。

最後の「食料品の緊急輸入問題、小売り物価急騰の未然防止策などを中心に協議することになろう」の方は、文章自体に問題はないため、「中心に」を言い換えればいいと考えられます。最も安易な方法は、「角川類語新辞典」などで、類語または同義語を探して、「主に」などと言い換えることだと思います(ただし、同辞典で「中心」を調べても「主」は類語として載っていませんでした)。しかし、一ノ坪氏は、協議する問題の全体像を示すことによって問題を解決しました。つまり、「食料品の緊急輸入問題、小売り物価急騰の未然防止策など」を中心にして協議すると言う代わりに、これらが「一連の緊急対策」の一部であるという点、つまり協議することの全体を示すことによって、「中心に」という表現を置き換えるという高度な手法を使われています。

この場合、この二つの問題が特に重点的に話し合われるという意味はなくなりますが、例を示す場合、普通重要なものから挙げていくことを考えれば、これはそれほど大きな問題ではないと思います。

この例からも分かるように、単語の重複を避けるためには、(1)類語・同義語(「中心に」を「主に」)に言い換える、(2)不要なものは省略する(最初の節のような場合や、二つ以上の語をそれぞれ同じ修飾語が重複して修飾している場合には、修飾語を一つにまとめることが可能です)、(2)見方を変えて、新たな意味の言葉を使う(「一連の緊急対策」)という三つの方法があるようです。このうち、(2)と(3)は、文章を短くできたり、文章の内容を豊富にすることができるため、(c. 情報伝達の効率性を高める)効果があると思います。

問題文で紹介した「ミスター・プレジデント・レーガン」の話の場合も、レーガン大統領をいろいろな面から表現するわけですから(例えば、「元カリフォルニア州知事」、「元大根役者」とかいろいろな言い換えが考えられますので)、情報量が多くなるという効果が期待されます。

これまで問題にしてきた、同じ言葉の繰り返しだけでなく、同じ意味の言葉の繰り返しも避ける必要があります。「いにしえの昔、武士という侍(さむらい)が、馬から落ちて落馬した」という言葉遊びがあるそうです。これも、「昔、侍が落馬した」と言えば済むところを、その3倍以上の字数を使って同じ内容を伝えているわけですから、効率の悪い情報伝達と考えられます。このような表現(重複表現というようです)の例を問題34(日本語)に幾つか挙げてありますので、ご参照ください。問題34に挙げたもの以外の重複表現を同書の132ページから三つだけご紹介します。

・突然卒倒する・・・「突然」は不要。「突然倒れること」を「卒倒」というため
・慎重に熟慮する・・・「慎重に考慮する」または「熟慮する」でいい。「よくよく考えること」を「熟慮する」というため。
・かねて療養中のところ・・・「かねて」は不要。「療養中」は「まえまえから療養している」ことであるため。

小説の場合は話が違うようです

最後に、この法則の例外、つまり同じ言葉を何度も繰り返している文章の話をご紹介しましょう。日本の小説家の中には、この法則を平気で破っている人がいるようです。そのため、日本語の場合には、この法則のことは、英語の場合ほど気にしなくてもいいのかも知れません。

『続日本人の英語』(マーク・ピーターセン著、岩波新書)の159ページによれば、川端康成の『山の音』には文庫本の1ページ程度の文章のなかに、「やさしい」という言葉が7回も出てくるところがあるそうです。『雪国』、『細雪』などの英訳で有名なサイデンステッカー氏による、同書の翻訳では、七つの「やさしい」が、nice、good、kind、gentleという四つの英語に訳し分けられているそうです。日本語に比べて、英語では、同じ言葉の繰り返しを嫌う傾向が強いためのようです。

さらに、大岡昇平氏は、『私の文章修業』(朝日選書、ただし以下の部分は、『私の翻訳図書館』[鈴木主税著、河出書房新社、175-7ページ]から孫引きさせていただきました)の中で、次のように指摘してます。

 「文学者は・・・使い古された比喩を更新すると同時に、ものの言い方、書き方において、新しいことをやる人間である。私がさし当たって試みたのは、繰り返しを怖れない、ということであった。・・・(これを)教えてくれたのは・・・スタンダールだった。・・・『パルムの僧院』の・・・大事な場面に2行の中に同じ字が出てくる。・・・

 ・・・・Fabrice ne put résister à une movement presque involontaire. Aucune résistance ne fut opposée.

 「ファブリスはほとんど無意識の衝動をおさえかねた。なんの抵抗もなかった」(古屋健三訳)。・・・・私も同じように訳した。私の翻訳の方針は、・・・・・なるべく原文の語順を変えず、同じ語には同じ訳語をあてるということだったが、この場合「・・・に抵抗できなかった。なんの抵抗もなかった」とは訳し切れなかった。(いまでは後悔しているけれど)

 しかしスタンダールがこの唯一の濡れ場を、このように無造作に書いていることは、よい教訓だった。日本の作家にも同じような効果的な繰り返しの例はあるけれど、とにかく私の文章修行は翻訳によって行われたのであった。

 文章作法とか文例とかいうものにとらえられないこと-----これを私は読者にすすめたい。それから、なるべくわかり易く書くこと。「文体は経済である」これも誰か西洋人の言葉である。なるべく少ない言葉で、自分の言いたいと思うことを読者に伝えること---これは、紙と活字の節約であるだけでなく、読む側に一種の快感を生むから、結局とくだ、と思う。

 文体は勇気である---という言葉もある。こんなことを書いてもわかって貰えないのではないか、との懸念が頭をかすめても、思い切ってやってみなくてはいけない」

以上が引用です。

同じ言葉をあえて繰り返して使おうとするのは、そのマイナス面を知り尽くした大家が小説を書くときに挑戦するような文学上の課題であり、われわれ一般人が、実用目的の文書を書くときには、繰り返しはなるべく避ける方がいいようです。
(2002年7月29日)。

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