問題70(英語)の答え・・・マーク・ピーターセン氏は、この訳語を見て、(c. おもわず「ばか言え、んなわけないだろう?!?」とクレームをつけたくなる)と『英語の壁(The
English Barrier)』(文春新書、2003年刊)の82ページに書かれています。
さらに、『はっきり言えば、Willには、「・・・だろう、・・・でしょう」という言葉の意味はないのだ。・・たとえば、何かに困っていて不安そうな顔をしている友人に言ってあげる慰めの言葉として、"Don't
worry ----- I'll help you."(大丈夫だよ。僕、手伝うから)というのがごく普通なのだが、「大丈夫だよ。僕、手伝うだろうから」と慰めようとする人はいるだろうか』と同氏は書かれています。
確かに、「手伝うだろうから」というと、「忘れなければ手伝うよ」と言うような感じで、無責任な印象を与えると思います。ところが、単純未来の用例としてこの辞典に挙げられている七つの例文(下にコピーしました)を見てみると、「・・・だろう、・・・でしょう」が使われているものが大半であるにもかかわらず、間違いとは言えないような気がします。
単純未来の例文 | Willに対応する日本語表現 |
・I hope the weather will be fine and you will have a good time. 天気がよくて愉快に過ごされることを望みます。 | ル型 |
・It will be fine tomorrow. 明日は晴れるだろう。 | 「・・・だろう」 |
・I will be seventeen next birthday. 今度の誕生日で17歳になります。 | ル型 |
・The party will be postponed if it rains tomorrow. あす雨ならパーティは延期されるだろう。【注:通常 if で始まる副詞節中で未来形は用いられない。ただし、条件文のif-clause中で、主語(相手)の行為を期待している場合には、will も使われる。例: I shall be glad to go, if you will accompany me.】 | 「・・・だろう」 |
・I'll have finished this work by five o'clock.. 5時までにはこの仕事を終えているでしょう(未来完了形)。 | 「・・・でしょう」 |
・Will he be able to hear at such a distance? こんなに離れていて彼は聞こえるでしょうか。 | 「・・・でしょう」 |
・Will we see you again next term? 来学期もまたあなた(方)と会えるだろうか(1人称の疑問文ではshallも用いられる)。 | 「・・・だろう」 |
このような見解の相違は、(1)日本語には厳密な意味での「未来形」がないということと、(2)英語のwill
には、日本の学校文法では当たり前になっている「単純未来」の意味がない可能性があることが原因になっていると思います。
(1)日本語には厳密な意味での「未来形」がない
『日本語表現・文型事典』(小池清治、小林賢次、細川英雄、山口佳也、編集、朝倉書店刊、299ページ)によれば、日本語で単純未来つまり、純粋な未来(発話時点より、話されてい内容が後に起こること)を表すには、述語の形(ル形とタ形)のうち、ル形(「行く」、「ある」、など)を使うようです(これに対して、タ形の場合には、「行った」、「あった」となり過去の行為や事実を表すようです)。ただ、この用法は動詞として、動作動詞(「行く」、「食べる」など)または状態動詞を使う場合だけに使え、思考動詞(「考える」など)や感覚動詞(「聞こえる」など)、話し手の感情・感覚を表出した動詞(「感心する」、「苦しむ」など)で、ル型を使うと、現在形だけを表し、未来形になることはないそうです。
『日本語表現・文型事典』には、動作動詞を使う例として、「明日子供たちは東京に行く」が挙げられてますが、この場合には、未来の確定的な動作・出来事を表す用法(つまり、単純未来)に限られるため、問題はありません。マーク・ピーターセン氏が例として挙げた、「僕、手伝うから」も、「手伝う」という動作動詞を使っているため、この用法と考えられます。ところが、状態動詞の場合には、(1)「明日試験がある」と未来形として使えるだけでなく、(2)「机の上に荷物がある」という例のように現在形としても使え、さらに、(3)「昨日からそこに荷物がある」という例のように、過去から現在までの状態を表すためにも使えるため、動詞を見ただけでは、どの時制が使われているのかは分かりません。また、思考動詞、感覚動詞などの場合には、この用法を使うと現在形のみを表すため、ル型が単純未来を表す用法はごく限定的なケースだけに使えると言えます。
マーク・ピーターセン氏は、このような限定的な場合しか使えない用法を、単純未来一般に適用できると考えられたようですが、これはあまり正確な考え方ではないようです。つまり、「んなわけもある」ことになります。
上の単純未来の例文の表では、最初の例と三番目の例がこのケース、つまりル型が未来形として機能する場合です。残りの例では、「・・・だろう、・・・でしょう」(ともに推量の助動詞)が使われてますが、日本語では動作動詞以外の動詞を使う場合には、確実に未来の行為や状態であることを表すためには、これら助動詞を使うしか方法がないようです。そのため、研究社新英和中辞典の単純未来形の記述は、厳密とは言えませんが、仕方がない面があると思います。
厳密な意味での未来形のない日本語は原始的な言語ではないかとお考えになる方もいらっしゃるかもしれませんが、過去、現在、未来などの時制をはっきりと表現できる言語の方が少数派であると、つい先日(2004年5月19日に)亡くなられた、国語学者の金田一春彦氏は、『日本語、新版(下)』(岩波新書)の117ページで指摘されています。さらに、同じページに、中国語とアラビア語には、時制の区別がないとも述べられています。たとえば、『論語』の「子日(しいわく)・・・」は現在形で、これを過去時制で表現する方法はないそうです。
(2)英語のwill には、日本の学校文法では当たり前になっている「単純未来」の意味がない可能性がある
未来形には単純未来と意志未来があるというような話は、日本の学校文法では、ごく当然のように教えられていますが、イギリスの文法書でWillの項を調べると、話者の希望、感情、判断とは無関係に純粋に時間的な差を表すと、日本の学校教育では教えられている単純未来の用法が載っていない例がありました。
たとえば、English Grammar in Use (by Raymond Murphy, Cambridge University
Press)のwillの項(42ページ)を見ると、
・I will (I'll)は、話した時点で、あることをするとわれわれが決めた時に使います(We use I'll (= I will) when we decide to do something at the time of speaking.).
・あなたがすでに決めていたことや、するための用意をしていたことを話すときには使いません(Do
not use will to talk about what you have already decided or arranged to
do).
という、一つの意味の説明しか載っていません。この用法は、話者の意志と密接に関係しているため、単純未来ではないことは確かです。
ちょっと脱線しますが、さらに、46ページには、I will と I'm going to の用法が比較されていて、I
will については上と同じ説明が繰り返されているのに対して、I'm going to については、つぎのように説明されています。
・すでに、あることをすると決めていた場合には、(be) going to を使う (We
use (be) going to when we have already decided to do something)。
二つの用法の比較として、二つの文が載っています。
I'll を使う例:「アンは入院しています」("Ann is in hospital") --「え、本当ですか、知りませんでした。お見舞いに行くことにします」("Oh
really? I didn't know. I'll go and visit her")
I'm going to を使う例:「アンは入院しています」("Ann is in hospital") -- 「ええ、そのことは知っています。明日お見舞いに行きます(行く予定です)」("Yes,
I know. I'm going to visit her tomorrow.")
・また、「単純未来」という英文法用語を英語ではどう言うのかと思って、研究社の新和英大辞典を調べてみましたが載っていませんでした。さらに、お勧めホームページへのリンクでご紹介しました、英和・和英辞典 「英辞郎」( http://www.alc.co.jp/ )では、Simple Future という訳語が載っていましたが、Google などで、Simple
Future を検索して、見つかったサイトでは、私の見る限り、Simple Future は未来完了、未来進行形などの、複合的な時制ではない、普通の未来形という意味で使っているようです。このことから、日本で使っている「単純未来」という英文法用語は、日本人が(いわゆる「学校英文法」のために)勝手に作り出した用語である可能性もあると思いました。そのため、入学試験で「単純未来」に関する問題が出たりすると、英語をよく理解している生徒は間違い、先生の言うことを鵜呑みにしていた生徒だけが正解を出せるという、とんでもないことになっている可能性があると思います。
(3) Collins Cobuild Dictionary には「単純未来」に相当する意味は載っていない
問題43(英語)でご紹介した、Collins Cobuild Dictionary という英国の権威ある英語辞典で,
willの項を引いてみると、下に示したように14の意味が載っています。それぞれの意味は、説明を読んだだけでは分からないかも知れませんが、そういう方は、原典をごらんください。用例が多数挙げられていますので、容易に理解できると思います。ただ、この意味を見ただけで、この中に「単純未来」に相当するものはないことが分かると思います。実際、アメリカ人の翻訳の専門家に、お聞きしても同じご意見でした。
Collins Cobuild Dictionary のWill の項 | 和訳("you use will"の部分は省略しました) |
1. You use will to indicate that you hope, think, or have evidence that something is going to happen or be the case in the future. | 将来、あることが起こることまたは、ある状態になることを希望する、または、そうなると考える、またはそうなるという証拠を持っていることを示す場合 |
2. You use will in order to make statements about official arrangements in the future. | 将来についての正式な取り決めについて述べるために |
3. You use will in order to make promises and threats about what is going to happen or be the case in the future. | 将来起こることまたは、将来に予想される事態について、約束したり、警告したりするため |
4. You use will to indicate someone's intention to do something. | だれかが何かをしようとしているということを示すため |
5. You use will in questions in order to make polite invitations or offers. | 疑問文で、丁重な招待または提案をするため |
6. You use will in questions in order to ask or tell someone to do something. | 疑問文で、誰かにあることをするように頼んだり、命令するため |
7. You can use will in statements to give an order to someone. (FORMAL) | 平叙文で、誰かに命令するため(改まった言い方) |
8. You use will to say that someone is willing to do something. You use will not or won't to indicate that someone refuses to do something. | 誰かが何かをしたいということを言いたい場合。Will not (won't) を使うのは、誰かがあることをするのを拒否していることを示すため。 |
9. You use will to say that a person or thing is able to do something in the future. | 人または物が、将来あることをできると言おうとするとき。 |
10. You use will to indicate that an action usually happens in the particular way mentioned. | 言及された特定の仕方である行為が、通常行われる場合。 |
11. You use will in the main clause of some `if' and `unless' sentences to indicate something that you consider to be fairly likely to happen. | ある If または Unless 文が、従属節となっている場合の主節で、話者が考えているあることが実現する可能性がかなり高いことを示すため。 |
12. You use will to say that someone insists on behaving or doing something in a particular way and you cannot change them. You emphasize will when you use it in this way. | 誰かが、特定のやり方で振る舞ったり、行動したりすることを強く主張しているものの、その人の考えをあなたが変えることができないことを言う場合。この用法を使うときは、will を強調する。 |
13. You use will have with a past participle when you are saying that you are fairly certain that something will be true by a particular time in the future. | will have は、将来のある時点までに、あることが実現することがかなり確実だとあなたが言うときに、動詞の過去分詞とともに使われる。 |
14. You use will have with a past participle to indicate that you are fairly sure that something is the case. | will have は、あることがかなり確実に起こるということを示すために、動詞の過去分詞とともに使われる。 |
ただ、その翻訳者の方は、研究社新英和中辞典の文例のうち、ほとんどは、Collins
Cobuild の意味で解釈できるものの、3番目の文例、"I will be seventeen
next birthday." 「今度の誕生日で17歳になります」の用法は、純粋に時間の差を表しているため、「単純未来」と考えられるとおっしゃっていました。
しかし、この文が話される状況を考えると、Cobuild の「1. 将来、あることが起こることまたは、ある状態になることを希望する、または、そうなると考える、またはそうなるという証拠を持っていることを示す場合」という意味である可能性があると私は考えています。というのは、この文が話される前には、たとえば、「いま、お幾つですか」とか「しばらく、お会いしないうちに、すっかり大きくなりましたね」などという質問があったと想定されます。
「今度の誕生日で17歳になります」という文が、このような質問に対する答えであると考えると、質問者が知らないことを、17歳になる若者は知っていて、そのことを示している文であると解釈することができると考えられます。その場合、この文章は、「単純未来」ではなく、話者の知っている情報を伝えるという意味を持った文であることになります。もし、この解釈が許されるなら、研究社新英和中辞典の、「単純未来」の項に掲載されている例文のすべてが、「単純未来」ではない用法として解釈できることになります。
この文を読んで、研究社新英和中辞典はいい加減な辞典なのではないかと感じられる方もいらっしゃるかも知れません。実際、研究社の『新英和中辞典 (第5版、1985年)』と『ライトハウス英和辞典(1984年)』に掲載されている全英文例文のうち20%は、使いものにならないという報告もあります(別冊宝島102、『欠陥英和辞典の研究』(JICC出版局刊、12ページ)。ただ、この辞典の最大の特徴は、名詞が、複数形をとったり、a、anという冠詞を付けることができる可算名詞(countable noun)なのか、複数形はとれず、a,
anという冠詞も付けられない不可算名詞(uncountable noun)なのかの区別が載っていることです。英語で、文章を書くときに、この区別は非常に重要であるため、私はいつも、この辞典を持ち歩いているというわけです(2004年6月6日)。
・問題集に戻る | ・最初のページに戻る |