問題 8(医療)の答え・・・c.約17人が正解です。つまり、英国の14倍(以上)ということになります。
石川信義著「心病める人たち」(岩波新書)によれば、同書が出版された当時(90年)の日本の精神病による入院者数は約35万人(同書212ページ)で、このうち鍵がかけられている閉鎖病棟に入院している人は60%強(つまり21万人以上)でこれを人口(1億2,450万人)で割ると、人口1万人当たり約17人ということが分かります。
一方、イギリスの入院患者数は分からないのですが、入院者数の上限である精神病院の病床数は人口1万人当たり12床(同書157ページ)で、さらに閉鎖病棟に入っている入院患者はこのうち10%以下であることが分かっています。そのため、閉鎖病棟に入っている入院患者の数は人口1万人当たり12×10%=1.2人以下であることが分かります。つまり、日本の人口1万人当たり17人は少なくともイギリスの14倍以上となっています。
これは、重い精神病にかかる人の割合が日本の方がイギリスよりも14倍以上高いためでしょうか。むしろ原因は日本の精神医療制度の前近代性にあるようです。
つまり、日本の精神病院は精神病になった人を治療することよりも、社会にとって都合の悪い人を「近代医学」の名の下に閉じ込めておく「監獄」としての役割を担っていることにあるようです。また、これが「お客様」である患者をできる限り長く入院させ続けることを可能にして、患者が医療機関の金もうけの道具にされているのが実態といえましょう。日本の精神病院には治療らしい治療をしていないばかりでなく、昭和59年に起きた宇都宮病院事件のように、金もうけのために、人権侵害、暴行が日常化し、殺人さえも行われた疑いの高いところさえあることが、報道されています。
宇都宮病院事件のあとに、国連の人権小委員会もこの問題をとりあげ、日本政府に質問状を送りました。この質問状に対する回答の中で日本政府は「患者虐待事件はきわめて例外的にしか起こっていない。我が国では強制入院はただの12.3%にしか過ぎない」などと弁明しました。これに対して、著者の石川氏は「これは八百長である」と書いています。日本の精神病院の入院患者のうち、欧米では当たり前となっている、本人の自由意志による入院は実際には10%を下回っているようです。政府の計算では、医師と保護義務者が同意すれば、本人の意思は全く無視してもかまわない「同意入院」は強制入院には含められていませんが、同書では「この同意入院制度がどれだけ不当に長く精神病院に患者を拘禁する元凶になったか、精神医療にちょっと首を突っ込んだことのなる人なら誰でも知っている・・・・つまり同意入院は、事実上明らかな強制入院なのである」としています(同書203ページ)。
「お客様」にできるだけ長期間「滞在」していただくために、治療らしい治療が行われていない例も多いようです。この点を最もはっきりと示しているのが、患者の平均入院期間です。入院患者全体に占める入院期間が5年を越す患者の割合はイギリスではわずか2%であるのに対して、日本では実に50%を上回っています(同書212ページ)。とても、同じ医療行為の結果とは思えません。
精神病院はその誕生以来、患者の治療以外の社会的な目的を持ってきたようです。
イギリスで精神病院の設立が本格化したのは19世紀といわれています。精神病院は、当初から精神病患者の治療という目的のほかに、患者を近代社会に好ましくない、不適応の存在として、社会から隔離、収容するという側面があったといわれています(AERA
Mook 15、精神医学がわかる、147ページ)。
フランスで近代的精神病院が誕生したのは、1860年のオスマン・パリ市長によるパリ大改造計画の一つとして計画された、精神病院の整備計画によるとされています(同書129ページ)。この計画によってパリ市内と近郊の合計12ヵ所に精神病院が作られました。ノートルダム寺院前広場周辺にたむろしていた、乞食、浮浪者などのはみ出し者やあぶれ者を排除する際に、「狂人」とみなされた者を送り込むためにこれら病院は設立されました。
しかし、その後、精神病は多くの場合、地域社会の中で治療する方が治療効果が高いということが分かり、また患者の人権が尊重されるようになってきました。そのため、先進国では患者を地域社会で治療するという方向性がはっきりと打ち出されました。精神病院の病床数を減らして、地域医療化を推し進めた結果が、入院患者数の減少につながったといえます。たとえば、イギリスでも、1955年には人口1万人当たりの病床数が33床だったのが、その後の努力によって最初にも触れたように12床にまで減少してきました。
日本では、精神病の患者といえば、引き起こす刑事事件ばかりに一般人の目が向いており、これが、閉鎖病棟入院患者数の増加につながったようです。また、ほとんどの人が、精神病は一種の病気であり、大半は治療すれば治るというような基本的知識も持ち合わせていないことも災いしたようです。
日本の精神医療制度の遅れについては、イギリスのクラーク博士が、1968年に世界保険機構(WHO)の顧問という資格で日本の精神医療状況を視察した際の報告書でもつぎのように指摘されています(岩波新書の89ページ)。「日本の精神病院は必要以上に閉鎖・拘禁状態にあり、治療活動の多くは不活発である。患者を社会に戻す活動や、そのための地域施設が極端に乏しい。そういう状況のもとで、入院患者の多くが放置され、入院が長期化しつつある」。
当時の日本の精神病による入院患者数は18万人で、現在では上で触れたように35万人と、ほぼ倍になっています。つまり、残念ながら、日本の精神医療は過去29年間に、WHOの上記指摘や世界の流れに逆行してきたことになります。その結果、適切な治療を受ければ、短期間で社会復帰できる多数の患者が、自由を奪われ、近代国家の国民とは言えないような悲惨な生活を長期間にわたって続けることを強制されているといえましょう(97年11月30日)。
[2020年6月1日追記]:イタリアでは1997年に「180号法」(通称「バザーリア法」)が成立し、1999年3月には保健大臣が、イタリアの精神病院(最盛期には12万人が収容されていた)が完全に消滅したことを宣言しました。この件については問題98(医療)およびその答えをご参照ください。
〔2021年2月28日追記〕2019年5月にトリエステ、ローマ、フィレンツェ、ヴェネチアの精神病院跡地を訪問して写真を写してきました。風景写真アルバムの「イタリアの精神病院「遺跡」」に写真を載せましたのでご覧ください。
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