フランスのル・モンド紙の特派員(日本にいる記者)の方からお話をお聞きする機会がありました。お話というのは、最近取材した日産自動車の合理化に反対するデモについてでした。といっても、ほとんどの方はデモがあったことはご存知ないと思います。特派員氏によると、1月25日に、東京都心で共産党系の全労連主催のデモ行進があったそうです。参加者は主催者側発表で5,000人、日産自動車推計で3,000人、記者氏の推定で4,000人とかなりの規模のものだったようです。このデモについて、記者氏はいくつか意外に思ったことがあったそうです。
・日本の報道機関は全く報道しなかった・・・日本の報道機関はこのデモのことを全く無視したそうです。27日付のル・モンド紙に、この記者氏の署名入りの大きな記事が載っただけでなく、海外ではテレビ、ラジオでけっこう大きなニュースとして取り上げられたそうです。
「小渕首相への不正献金疑惑」のところで、日本の報道機関は政府に都合の悪いことはあまり報道しないということはお話しましたが、大企業にとって都合の悪いこともあまり報道しないようです。例えば、ある家電メーカーの方からお聞きしたのですが、カラーテレビが自然に発火したことが原因となった火災が毎年何件か起こっているそうです。ところが、このような火災の原因について報道されることはほとんどないそうです(かなり以前に千葉の高層マンションでカラーテレビの自然発火が原因で起こった火事の時には報道されたことがありましたが、あれは例外的なケースだそうです)。
大手新聞社をはじめとする報道機関は、「社会の木鐸(ぼくたく、広辞苑によれば、木鐸とは世人を覚醒させ、教え導く人)」を自認するなどと言って、業界用語で人を煙に巻いて、表向きは「報道の中立を守る」などとうそぶいていますが、実際にやっていることは、売れる程度に記事に左翼的な発言をちりばめてはいるものの、裏では権力・大企業のいいなりになっているのではないでしょうか。このような状態というのは、戦前の新聞とそう違いがないような気がしてきました。
・デモ行進は強い規制を受けている・・・フランスではデモといえば、道路いっぱいに広がって交通を遮断(しゃだん)するのが普通だそうですが、日本の場合には、整然と車道の端を、それも警察官に守られるように歩いているのは、ちょっとおかしい気がしたそうです。また、日産自動車の合理化に反対したデモであったにもかかわらず、警察の指示で、日産自動車本社前で立ち止まることも禁止されたそうです。フランスでは、デモ行進にはフランス革命以来の伝統があり、市民の正当な権利として認められているようです。ただ、フランスでも労働組合の組織率は最近急速に低下しているそうです。
・日産自動車の社員が40人しか参加しなかった・・・共産党系だったこともあるのかも知れませんが、デモ参加者4,000人のうち、日産自動車の社員が1%に当たる40人しか参加しなかったそうです。類似の合理化計画で、ルノーがベルギーの工場を閉鎖することにしたときには、労働者が強く反対して、一時は外交問題にまで発展したそうですが、日本の場合には、労働組合から抵抗らしい抵抗はほとんどないようです。
記者氏の話によると、フランスでは、日産自動車の組合がなぜ抵抗しないのかが不思議がられているそうです。中には「ルノーが日産自動車の経営に参加して、最初にやる必要のあるのは、言いたいことが言える組合を組織することである」と言っている人もいるそうです。日本の組合が御用組合であるというのは、よく知られているようです。「労使協調制度」などという聞こえのいい制度は、実は戦時体制を維持する必要性から生まれたことは、問題38の解答でも触れました。日本人の心理からすると、会社にたてつくのは勇気が要ることですが、民主主義の第一歩は言いたいことを言うことではないのでしょうか(2000年2月7日)。
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