東京都が着工目前の巨大治水事業の効果に関する最重要データの開示を拒否・・・公表すれば着工できなくなる可能性があるため
(1)「善福寺川上流調節池」の建設は、投資額1,400~1,500億円、工期は16年以上という巨大工事
東京都は、杉並区内を流れる善福寺川に洪水の恐れが生じた場合に、3カ所の取水口から約30万㎥(東京ドームの0.24杯分)の水を流し込んで、洪水を防止する目的で、地下約40mに内径約9m、全長約5.8kmという巨大なトンネルを設ける工事(「善福寺川上流調節池」工事)を計画しています。投資額は1,400億円~1,500億円と巨大で、工事の準備は2025年度中に開始される予定で、2027年度には着工する計画となっています。完工は2041年の予定で、準備期間を含めると工期は実に16年以上となります。
(2)河川法の条件を満たしていない計画である可能性が高い
治水工事(堤防の建設、河川の浚渫(しゅんせつ)、ダム・遊水池の整備を通じて、河川の氾濫を防ぎ、水害から地域を守る土木工事)を実施する場合、河川法に基づく法的な位置づけ(河川管理者が策定する治水計画に含まれていることなど)や、技術的・経済的な評価、環境への配慮などの条件が満たされている必要があります。このうち当該工事で特に問題となるのは、経済的・社会的な条件です。具体的には、(1)整備にかかる費用(Cost = C)を、氾濫被害の軽減などによる便益(Benefit = B)が上回るつまり、B>C(またはB/C〔費用対便益比、B by C〕>1)という関係が成立している必要があり、(2)工事用地の確保、近隣住民や関係団体との合意形成が不可欠とされています。
(3)当該工事単独の費用対便益比(B/C)の開示を東京都が拒否
ところが東京都は当該工事単独の費用対便益比の開示を拒否しています。善福寺川は神田川の支流の一つですが、東京都は「神田川流域河川整備計画」(2023年3月)全体の費用便益比のみを開示して、費用対便益比を開示したことにしようとしています。神田川水系には、神田川、善福寺川だけでなく、妙正寺川、江古田川、はるか下流の日本橋川、中央区を流れる亀島川(かめじまがわ)なども含まれ、流域面積は105㎢です。善福寺川の流域面積はこのうち18.3㎢と、神田川水系全体の流域面積の17%を占めるにすぎません。また、神田川流域河川整備計画には、環状7号線の地下に延長4.5km、内径12.5m
のトンネルを掘って、約54万㎥(東京ドーム0.43杯分)と当該工事よりも大規模な工事も含まれるため、全体の費用対便益比から当該工事単独の費用対便益比を推定するのは不可能といえます。
(4)東京都が1.41としている神田川流域河川整備計画全体の費用対便益比(B/C)は0.81にすぎないという試算も
東京都は、神田川流域河川整備計画全体の費用便益比は1.41であると公表していますが、日本最大手の建設コンサルタント会社である日本工営株式会社で長年建設・土木コンサルタントとして活動されてきたM様の試算によると、費用便益比は0.81であるとのことです。この試算と東京都が開示した値の差は、①東京都が想定している1時間雨量75mmの場合の浸水面積226ha(ヘクタール)は過大とみられること(これは神田川流域の雨量観測所9カ所の1時間雨量の平均が92mmであった2005年9月4日の集中豪雨の際の浸水面積が125.85haであったことから、その2倍の面積になるとは考えにくいため)、②東京都水害記録冊子によると、近年の神田川流域の公共土木施設等被害はゼロに等しいにもかかわらず、被害額が6,71億9,500万円と想定されているのは過大と考えられることなどによります。
費用対便益比(B/C)の比較(東京都建設局開示データとM様による試算)
| ケース | 浸水面積 (ha) |
直接被害額 | 間接被害額 (百万円) |
被害額合計 (百万円) |
区間平均被害軽減額 (百万円) |
年平均被害軽減期待額 (百万円) |
B/C | |
| 一般資産被害額 (百万円) |
公共土木施設等被害額 (百万円) |
|||||||
| α | 226 | 90,559 | 67,195 | 23,229 | 180,984 | 90,492 | 40,721 | 1.41 |
| β | 125.85 | 41,230 | 0 | 10,576 | 51,806 | 25,903 | 11,656 | 0.81 |
ケースα:2025年2月の「善福寺川上流地下調整池に関する説明会」で東京都建設局が公開した資料による。ただし、費用対便益比(B/C)は、表中の年平均被害軽減期待値に基づいて計算された総便益(6,814億8,800万円)の総費用(4,844億5,100万円)に対する比率です。
ケースβ:2005年9月4日と同じ規模の被害を想定(公共土木施設等被害額を除外)したM様による試算。
東京都が2025年2月に公表した1.41という神田川流域河川整備計画全体の費用便益比は、2021年には実に3.37と公表されていました。なぜ4年間で試算値にこれほどの差が出たかと言えば、総便益が9,863億円から6,814億円に31%減少した一方で、総費用が2,927億円から4,844億円へと65%も増加したためです。都市工学の専門家で、元学術会議会長の大西隆(おおにし・たかし)東京大学名誉教授は、「こうした大幅な変動は理解し難い」と指摘されました。(国会超党派議連「公共事業チェックとグリーンインフラを進める会」による国交省ヒアリングでのご指摘)。つまり、1.41という数字自体に大きな疑問符が付くとみられます。
(5)「善福寺川上流調節池」工事単独の費用対便益比は0.66程度と大西隆東大名誉教授が試算
大西東大名誉教授は、東京都による「神田川流域河川整備計画」全体の総便益(6,814億8,800万円)と総費用(4,844億5,100万円)に基づいて、「善福寺川上流調節」の個別の費用対便益比は0.66程度と試算され、上記の国交省ヒアリングで発表されました。この試算はやや複雑なので概略のみをご説明します。
まず全体の総便益を調整池によるものと、河道整備(川の通り道(河道)を掘削して深くしたり、幅を広げたり、護岸を強化したりする治水対策)によるものに分けて、4割が河道整備の寄与(6815億円X0.4=2,726億円)、6割が調整池の寄与(6815億円X0.6=4,089億円)と考えます。善福寺川上流地下調節池の容量は、神田川水系の調節池全体の容量の18.6%であるため、善福寺川上流地下調節池の総便益は調節池の寄与(4,089億円)の18.6%、つまり761億円(個別B)と推定されます。
また、全体の事業費は5,859億円であるのに対して、個別の事業費は1,406億円と全体の24%であるため、全体の総費用4,845億円の24%、1,163億円(個別C)が善福寺川上流地下調整池の総費用と考えられます。
善福寺川上流地下調整池の費用対便益比(個別B/C)は、個別B/個別C=0.66(四捨五入の関係で0.01のズレがあります)と推定されます。
この推定が正しいとすれば、河川法では治水工事の費用対便益比は1以上であることを求めているため、「善福寺川上流地下調整池」工事は、河川法の要求を満たしていないことになります。東京都が、このデータを公表しないのは、公表すると工事を実施できなくなる可能性があるためと考えられます。
(6)効果が不明で、法律的にも問題のある巨大工事の計画は即刻中止していただきたい
河川法が求めている経済的・社会的な条件の二つ目である、(2)工事用地の確保、近隣住民や関係団体との合意形成に至っては、さらに深刻な状況にあります。近隣住民の合意形成とはほど遠いのが、三つ予定されてる取水口(立坑)のうち、最上流(北西)にある原寺部橋(はらてらぶばし)立坑(下図をご参照ください)工事です。この工事では25戸の住民の立ち退きが計画されていますが、住民は団結してこの計画に反対しているため、和解のめどは全く立っていません。
聞くところによれば、小池百合子東京都知事は、「利根川の東遷」や「荒川の西遷」を実現した徳川家康に自分をなぞられて、自分は現代の徳川家康になるというような趣旨のことを公言しているようですが、時代錯誤な願望のために、投資効果が不明の公共工事に巨額な税金を使われたり、立ち退きを迫られたりする都民はたまったものではありません。効果が不明で、法律的にも問題のある巨大工事の計画は即刻中止していただきたいと思います(2026年2月5日)。

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