ピクニックに出かけたら雨が降り始めたので家に戻って弁当を食べたという、絶対に笑えるシャンソン・・・「レ・コルニション」

フランス人はピクニックが大好きなようです。フランスを代表する写真家である故アンリ・カルティエ・ブレッソンの代表作の一つである下の「マルヌ川の畔で」という写真からも、フランス人がいかにピクニック好きかがうかがえます。英語ではpicnicと書きますが、語源はフランス語のpique-nique(ハイフン(trait d'union )なしでpiqueniqueとも書かれることもあります)ですので、フランス生まれの楽しみのようです。

「マルヌ川の畔で」、Henri Cartier-Bresson, Sur les bords de la Marne, France 1938 (PHOTO POCHE #2, Centre National de la Photographie, Paris)

フランス映画でもピクニックのシーンが重要な位置を占めている場合が結構あると思います。例えば、ちょっと古いですが、ルイ・マル監督の「五月のミル(原題: Milou en Mai)」(1990年公開)とか、アニエス・ヴァルダ監督の「幸福(しあわせ、原題:Le Bonheur)」(1965年公開)ではピクニックのシーンが印象的でした。

上の写真は「五月のミル」のパンフレットからコピーさせていただきました

上と下の写真はともに「幸福」の一場面です。両方とも http://www.cine-tamaris.com/films/le-bonheur からコピーさせていただきました。
2枚の写真には同じ男性と子ども達が写っていますが、女性だけは別人です。

前置きが長くなりましたが、今回ご紹介する「レ・コルニション」(Les Cornichons)というシャンソンは、歌手兼作詞家兼作曲家のニノ・フェレが1966年に歌ったピクニックについての歌です。「レ・コルニション」は長さが5cm位のごく小ぶりのキュウリのピクルスで、日本でも輸入食品店で入手が可能です。長年フランスに滞在されたKさんのお話では、フランスのホテルのバーでウイスキーなどを注文すると、付け合わせにはコルニションが出てくることが多いそうです。フランスではよく食べられ、ピクニックでは定番の食品のようです。

大家族が土曜日にピクニックに出かけるため、お母さんは3日前から休まずに働いて万全の準備を整え、当日は大きな車に乗って出発して、目的地(公園、野原、河原、海岸など)に到着したところ、雨が降り出し、おまけに傘を用意するのを忘れていたことが分かり、結局家に引き返して、家でお弁当(再びKさんのお話によれば、フランス語ではピクニックのお弁当、普通はサンドイッチのこともピクニックと呼ぶそうです)を食べたという、たわいないストーリーのシャンソンです。You tubeで、les cornichonsを検索するとこの曲を聞くことができますので、ぜひ聞いてみてください。

現時点では https://www.youtube.com/watch?v=f6sPrpEJfEk でみられますが、見られなくなっても、les cornichons を再度検索すると見つけられると思います。ライブバージョンhttps://www.youtube.com/watch?v=rfMDRJCqxc8 もあります。変わったところとしてはイタリアン・ポップス界の女王的存在であるミーナ(Mina)の歌をバックにしたセクシーダンス・バージョンもあります https://www.youtube.com/watch?v=2PEy3DmhfQY

下に歌詞と翻訳を付けましたが。その下に歌詞で気が付いたことをいくつかご紹介しようと思います。最後に、ニノ・フェレの略歴をご紹介します。

LES CORNICHONS
(Paroles de Nino Ferrer / Musique de J. Booker)

レ・コルニション
(小さなキュウリのピクルス)
[作詞:ニノ・フェレ、作曲:J. ブッカー]
On est parti samedi dans une grosse voiture,
Faire tous ensemble un grand pique-nique dans la nature,
En emportant des paniers, des bouteilles, des paquets,
Et la radio !
自然の中でみんなで盛大なピクニックをするために
土曜日に大きな車に乗って出かけました。
車に積み込んだのは、かご、ワイン、紙袋と、ラジオ!
Des cornichons,
De la moutarde,
Du pain, du beurre,
Des petits oignons,
Des confitures,
Et des œufs durs,
Des cornichons,
Des corned-beef,
Et des biscottes,
Des macarons,
Un tire-bouchon,
Des petits beurres,
Et de la bière,
Des cornichons.
コルニション、
マスタード、
パン、バター、
プチオニオン、
ジャム
と、固ゆで卵、
コルニション、
コーンビーフ、
ビスコット(薄切りパンを焼いたもの)
マカロン、
栓抜き、
プチ・ブール(ビスケットの一種)
ビール、
コルニション
On avait rien oublié, c’est maman qui a tout fait
Elle avait travaillé trois jours sans s’arrêter,
Pour préparer les paniers, les bouteilles, les paquets,
Et la radio !
必要なものはすべて忘れずに持ちました。
用意したのはママ。
ママはかご、ワイン、紙袋とラジオを用意するのに
3日間休みなく働きました。

Le poulet froid,
La mayonnaise,
Le chocolat,
Les champignons,
Les ouvre-boîtes,
Et les tomates,
Les cornichons
コールドチキン、
マヨネーズ、
チョコレート、
きのこ、
缶切り、
トマト、
コルニション

Mais quand on est arrivés, on a trouvé la pluie,
Ce qu’on avait oublié, c’était les parapluies
On a ramené les paniers, les bouteilles, les paquets,
Et la radio !
でも、着いたときに雨が降り出しました。
傘を持ってくるのは忘れていました。
かご、ワイン、紙袋とラジオを持ち帰りました。
On est rentrés,
Manger à la la maison
Le fromage et les boîtes,
Les confitures et les cornichons,
La moutarde et le beurre,
La mayonnaise et les cornichons,
Le poulet, les biscottes,
Les œufs durs et puis les cornichons !

家に戻って、家で食べました。
チーズと、缶詰、
ジャム、コルニション、
マスタードとバター、
マヨネーズとコルニション、
チキン、ビスコット、
固ゆで卵と、またコルニション

(翻訳:小倉正孝)

・第1段落のdes paniers (パニエ、かご)は、代表的なピクニック用品で、皿、フォーク、ナイフなどがうまく収まるようになったしゃれたものもあります。そういうかごは、pannier pique-nique (ピクニック用のかご)というそうです。下の写真はamazon.frで売っているpannier pique-niqueです。これで88ユーロ(現在の1ユーロ147円というレートで換算すると約1万3,000円もします)。


また、持ち物の最後に「ラジオ!」が追加されていますが、これは恐らく当時携帯用のラジオが発売されたばかりで、高価で貴重なものだったためではないかと思います。

・第2段落の5行目の固ゆで卵は、des œufs dursですが、再びKさんによれば半熟卵は、 des œufs à la coque と言うそうです。coqueは卵の殻という意味で、半熟卵は通常殻付きで出されるためにこう呼ばれているそうです。

・第4段落下から2行目の缶切りは、Les ouvre-boîtesですが、boîteには、箱という意味の他に缶、缶詰という意味もあり、缶詰を開く道具であるためこう言うようです。最後の段落の仏語の3行目に出てくるboîteも缶詰という意味のようです。

・こんなタイトルの歌を作ったり、最後の段落でコルニションが3回も言及されているところをみると、ニノ・フェレはコルニションが好物なのではないかと推定できます。

ニノ・フェレの略歴

本名はNino Agostino Arturo Maria Ferrari。1934年8月15日にイタリアのジェノバで生まれました。1989年(本人の年齢は55歳、以下同様)に革命200年を記念してフランス国籍を取得するまではイタリア国籍でした。フランス語とイタリア語のバイリンガルで、英語にも不自由しなかったようです。

ニッケル鉱山の技師として働いていた父親の仕事の関係で幼少期にニューカレドニアに住んでいたこともありました。13歳だった1947年にフランスに戻りパリの高校を卒業した後、ソルボンヌで民俗学と考古学を学びました。卒業後貨物船に乗って世界一周する途中、メラネシア(オーストラリアの北東の群島)の何カ所かで遺跡発掘を手伝いました。その後音楽、特にジャズに興味を持ちました。最初のレコード(EP盤、ドーナツ盤)は、Dixies Catsというジャズバンドのベーシストとし参加したものでした(1959年、25歳)。

最初の歌のレコードは1963年(29歳)に発売された " Pour oublier qu’on s’est aimé "(愛し合っていたことを忘れるために、EP盤)でしたが、このレコードのB面の"C’est irréparable"(戻らない愛)のイタリア語版、"Un anno d’amore"を、上でもご紹介したカンツォーネ歌手のMinaがイタリア語で歌い、大ヒットになりました。この歌はその後、スペイン語、日本語(邦題は[別離(わかれ)])にも翻訳され、日本では越路吹雪や岸洋子が歌ってヒットしました。

2曲目のヒットは1966年(32歳)に発表した「ミルザ」"Mirza"で、Mirzaは元々はペルシャの王族などの称号でしたが、この歌では、Mirzaという名前の犬が何度も行方不明になってその度に探し回るというコミックソングでした。今回紹介した"Les Cornichons"も、このドーナツ盤に収録されていました。この歌も上でご紹介したようにコミカルな内容の歌でした。ニノ・フェレはその頃多数のコミックソングを発表したため、コミックソングの作詞、作曲者兼歌手という一般のイメージ(le rôle du chanteur rigolo、こっけいな、奇妙な歌手としての役割)が定着してしまいましたが、本人はこの種の歌で有名になることは本意でなかったようです。本人は有名なジャズミュージシャンと共演して、そのアルバム(LP)を出すことをいつも夢見ていたそうです。

その後のヒット曲としては、公害問題を扱った1971年(37歳)の「泉の近くの家」 "La Maison près de la fontaine"(EP盤の販売枚数は50万枚)、南の島の平和な生活と戦争の記憶について歌った1973年(39歳)の「南(の島)」"Le Sud"(EP盤で100万枚以上)があります。後者については、ニューカレドニアでの思い出から着想を得たとされています。その後は大きなヒットはなかったようです。

ニノ・フェレは1967年(33歳)に出会ったジャックリーヌ・モネスティエ(Jacqueline Monestier)と1978年(44歳)に結婚しましたが、二人の間には1973年と1979年に2人の男の子が生まれました。また、1970年(36歳)には一時ブリジット・バルドーと同棲していたこともあったそうです。

最後のアルバムを発売してから5年後の1998年に長年病床にあった母親のMounetteが86歳で死去しました。その2カ月後の1998年8月13日(64歳の誕生日の2日前)に、ニノ・フェレはロト県モンキュ(Montcuq, le Lot、中央山塊の近く)の自宅から数キロ離れた麦畑の中で自ら心臓を撃ち抜いて自殺しました。

死の数カ月前にニノ・フェレは最初のレコードを出したときのジャス・バンド Dixies Catsのリーダーだったリチャード・ベネット(Richard Benette) に次のように語ったそうです。

<<Tu te rends compte, j’ai écrit, composé et produit près de deux cents chansons, et les gens n’en connaissent que trois. C’est comme un peintre prolifique dont on ne connaîtrait que trois tableaux, car tous les autres sont dans des coffres.>>
「分かるだろう、ぼくは200曲近くのシャンソンを作詞、作曲、プロデュースしたんだ、そしたらそのうち3曲しか知られていないんだよ。これって作品のほとんどがお蔵入りしているため3枚の絵しか知られていない多作の画家みたいじゃないか」。[3曲というのは、恐らく"C’est irréparable", "La Maison près de la fontaine", "Le Sud"のことではないかと思います。]

また、リチャード・ベネットはニノ・フェレのことを次のように評していたそうです。

"Nino a toujours été excessif, ultra-sensible et contradictoire et sa situation le minait. "
「ニノはいつも極端で、非常に感受性が鋭く、矛盾に満ちていたこともあって、彼の境遇が彼を徐々にむしばんでいた。」

確かにニノ・フェレがコミカルな歌を歌う映像をみても、孤独感や内面の繊細さかにじみ出ている感じがします。ニノ・フェレの歌が(少なくとも、私のようなじいさんには)あまり古さを感じさせない理由は、その辺なのかもしれません。

注:略歴の内容はWikipediaのフランス語版に基づいています。
(2014年12月28日)。


2020年4月26日追記・・・・・Astrid Pichardさんが「レ・コルニション」の歌詞の日本語訳に間違いを見つけてくださいましたので訂正しました

去年からフランス語を教えていただいているAstrid Pichard(アストリッド・ピシャール)さんは、アルザス地方ご出身のフランス人女性で日本でフランス語の司法通訳の資格をお持ちで、司法通訳のお仕事のほか、訪日フランス人の観光ガイドおよびアンスティチュ・フランセ東京(旧日仏学院)などでフランス語の教師もされています。新型コロナウィルスの感染拡大で観光ガイドのお仕事はほとんどなくなり、フランス語教師のお仕事はZoomによるオンライン授業だけになっているとのことです。そこでZoomというシステムでオンライン授業をしていただくことは可能かとテストしていただいた結果、十分可能であることが分かりましたのでこれから日程などの調整をしていただくことにしました。

テストの際にひまな時はどうやって過ごしているかというお話になり、私はホームページの準備をしている(1年ほど前から次の問題の準備をしています)などと申し上げました。どんなホームページかというお話なので、フランス語関係ではシャンソンの紹介のページなんかを作っていて、例えばニノ・フェレの「レ・コルニション」のページをお見せしたところ、驚いたことに、Astridさんはこのシャンソンのことはよくご存知で、よく知られた歌とのことでした。50年以上も前の歌をAstridさんのような若い方がご存知とは驚きでした。

さらに、短時間で翻訳もチェックして下さり、下記の3点の間違いを指摘してくださいましたので、翻訳を訂正しました(訂正箇所は緑色にしてあります)。

①des biscottes(第2段落9行目)を「ビスコット(ラスクとも言われる)」と訳しましたが、(ラクスとも言われる)という部分について、日本のラスクとはちょっと違うというお話でした。日本だとラスクというと薄切りパンを焼いて甘く味付けされていることが多いと思いますが、フランスのラスクは甘くなく、日本のクラッカーに近いとのお話でした。そこで訳を「ビスコット(薄切りパンを焼いたもの)」に訂正しました。

②des petits beurres(第2段落の下から3行目、プチ・ブール)を,「小分けにしたバター」と訳していましたがこれは間違いで、petit beurreというのは、ロワール川の河口近くのナント(Nantes)という都市の名物となっているビスケットのことだそうです。下の写真がそのビスケットですが、ビスケットの一番上に書かれているLUという名前は、1846年創業のこのお菓子のメーカー名です。かつては、創業者Jean-Romain Lefèvre(ジャン・ロマン・ルフェーブル)とその奥さん、Isabelle Utile(イザベル・ユティール)の姓をつないだLefèvre-Utileという社名でしたが、その後、その頭文字をとってLUという社名に変更されたそうです。Wikipediaの英語版によれば、このビスケットが最初に生産されたのは134年前の1886年で、ナントの南約20kmの La Haie-Fouassière (ラ・エイ・フーアシエール)にある同社の工場で年間9,000トン(10億枚、4,100万箱)のプチ・ブールが生産されているそうです。現在の商品名は最初にVéritable(本物の)が付いた、Véritable Petit Beurre (略称はVPB)で、英国のショートブレッド(バターをたっぷり使った、硬くて甘いビスケット)に似ているようですがフランスでは定番のお菓子になっているようです。そこで翻訳は「プチ・ブール(ビスケットの一種)」にしました。



注:この画像は http://ja.myecom.net/french/blog/2013/1072/ からコピーさせていただきました。

③最後にles paquets(第1段落3行目、落第3段落3行目、第5段落3行目)を「箱物」と訳しましたが、ここでは前後関係から考えて、食べ物などを入れた「紙袋」だろうとのことでした。確かに食べ物を箱物に入れるというのは大げさ過ぎますし、「箱物」という言葉も曖昧なので不適切な訳語だと思います。「紙袋」に訂正しました。

さらにAstridさんはDes petits oignons(第2段落4行目)を「プチオニオン」としているが、通じますかと聞かれました。日本語に訳すと「小タマネギ」ですが、松任谷由実という歌手の「チャイニーズスープ」という昔のヒット曲に「遅い帰りを待つときは/プティオニオンのみじん切り/涙のひとつも流したら/少し気にしてくれるでしょ/みんなこぼれて鍋の底/煮込んでしまえば形もなくなる/もうすぐ出来上がり」という歌詞もあるので大丈夫でしょうと申し上げると、納得されました。

Astridさん、短時間で全体をチェックしていただいてありがとうございました。(2020年4月26日追記)


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