滝山病院は日本のアウシュヴィッツ – 日本の医療・福祉体制全体の問題

2023年2月25日にNHKで放送されたETV特集「ルポ 死亡退院 〜精神医療・闇の実態〜」という番組は非常に衝撃的な内容でした。この番組は八王子市の滝山病院でのとても医療機関とは思えない運営を暴くものでした。この病院の1人の看護師が患者に暴行したという疑いで、2月14日に逮捕されましたが、これは氷山の一角で、その実態は医療機関というよりも殺人機関と呼んだ方がふさわしいことをこの番組は物語っています。この件についてお知り合いの精神科専門医の方にご意見をお聞きしましたが、この方は「これは日本の医療全体の問題と考える必要がある」というご意見でした。またこの事件には福祉行政も深く関わっているため、日本の医療・福祉行政全体の問題と考えられ、厚生労働省(厚労省)が生み出した事件と言えます。さらに報道後1カ月半経過した4月初め現在全く改革が始まっていないというのも驚くべき怠慢さです。厚労省は人命の尊重に無頓着と言われても反論できないでしょう。

入所者数に対する死亡者数の比率はアウシュヴィッツよりも高い

NHKは過去10年間に滝山病院に入院していた1,498人のリストを入手しましたが、驚くべきことに全体の78%に当たる、1,174人がこの病院で死亡したことが分かりました。第2次世界大戦中にアウシュヴィッツに送り込まれたユダヤ人などの数は131万人とされていて、そのうち最大で100万人(76%)が殺されたとみられています(『ナチズムとユダヤ人絶滅政策』(ミネルヴァ書房))。両者は、規模に差はあるものの、収容されていた無実の人々の多くが命を落としたことは共通していて、入所者数に対する死亡者数の比率は滝山病院の方が高いことになります。滝山病院は精神科に加えて内科的な治療を行えることを看板にして患者を集めていたにもかかわらず、まともな治療は行われていないとみられます。この番組でも、内科的な病気を抱えた患者でも、いったん入院すると内科的な病気に対する治療が全く行われていなかった例が報告されていました。ところが、東京だけでなく埼玉、静岡、栃木の精神病院や一般病院から内科的な治療を受けされるという名目で多数の患者がこの病院に送り込まれているようです。

各地の病院から滝山病院に内科的な病気を抱えた多数の患者が送り込まれてきたのは、厚労省が大病院の精神科を廃止してきたことが関係しているのではないかと、上記の精神科医の方がおっしゃっています(下記の質問(2)に対するお答えをご参照ください)。この先生も、精神科病院の入院患者が内科的な病気を抱えた場合に、対処に苦慮していると、おっしゃっており、これは全国的な問題である可能性が高いとみられます。

患者の54%が生活保護受給者

この患者のリストのもう一つの驚くべき点は、患者の54%が生活保護受給者であるという点です。患者を強制的に、つまり本人の了解なしに、精神病院の閉鎖病棟に入院させるためには、「医療保護入院」という制度を使う必要があり、そのためには家族の同意が必要とされています。この番組では、所沢の福祉事務所が、生活保護を受けている精神病患者を、電話で家族に連絡可能であるにもかかわらず、音信不通と偽って、家族の同意なしに勝手に「医療保護入院」させていたことが判明しました。そのため、厚労省は生活保護を受けていて、内科的な病気を抱えた精神病患者を、違法な手段を使ってまで、この病院に送り込み続けてきたとみられます。

生活保護予算の実に10%、約4,000億円が精神病院へ支払われているそうです。この種の病院に生活保護受給者である精神病患者を送り込み、殺すことによって、医療費と生活保護費をまとめて減らそうとしているという印象を私は受けます。その意味で厚労省は滝山病院のような病院を利用しているとも言えます。

後を絶たない精神病院での患者死亡事故

日本では1983年に看護職員らの暴行によって、患者2人が死亡した宇都宮病院事件のような、精神病院における虐待、殺人事件がその後も後を絶ちません。2001年には埼玉県の朝倉病院で40人ほどの入院患者が不審な死をとげたことなどの責任を問われて、院長の朝倉重延医師は医師免許を取り消されましたが、その後再び免許を取得したそうです。NHKの取材に対して厚労省は免許を再交付した理由は明らかにしませんでした。滝山病院の院長はなんとこの朝倉重延医師だったそうですので、免許を再交付して同じような事故を再発させた厚労省にも大いに責任があると言えます。さらに、2020年3月には神戸市の神出(かんで)病院で患者への集団暴行事件が発生して、看護師ら6人が逮捕されて有罪になったそうですが、この病院でも入院患者の3割が生活保護受給者だったようです。さらに大量殺人が疑われているにもかかわらず、警察がほとんど捜査に入っていないというのは信じがたい点です。

精神科専門医のご意見

そこで以下の3点についてお知り合いの精神科専門医の方にお聞きしてみましたところ、御返事をいただくことができました。(1)日本の人口に対する生活保護受給者の比率は1.6%程度のようですが、精神病院の入院患者全体に占める生活保護受給者の割合は3割(神出病院)とか5割(滝山病院)などという高水準なのでしょうか。それともこの2つの病院は例外なのでしょうか。(2)神出病院は関西、滝山病院は関東で生活保護受給者を送り込む病院とみなされているようですが、先生が活動されている北海道にもこういう病院はあるのでしょうか。(3)神出病院とか滝山病院は例外的な病院で、一般の精神科病院とは明確に違っているのでしょうか

(1)精神病院の入院患者全体に占める生活保護受給者の比率・・・・(お答え)精神科病院の入院患者で他の身体科の患者よりも生活保護者の割合は高いかどうかについては、細かい数字は分かりませんがおそらく高いのではないかと思います。内科等の身体科と異なり精神科では治ったと言っても、入院前の不安定な状態の存在、それを見ていた職場の同僚や上司の印象、時に偏見の存在、改善したとしても(精神科では”治癒“と云わず“寛解”ということが多い)社会適応が可能な程度の回復・職場環境からのストレスに対応できるほどの心身の状態等々などが必要なことから退院してもしばらく職場復帰訓練や職場上司らとの面談を要することになります。一般に、以前同様就労するほど回復するためには、時間がかかる傾向があり、その間生活維持や治療継続するため生活保護に頼ることが多くなるのです。

(2)滝山病院のような機能を果たしている病院が北海道にもあるのか・・・(お答え)生活保護者を送り込む病院が北海道にあるのかとの質問については、少なくても私が関わった札幌市、苫小牧市、浦河町、千歳市ではなかった印象で入院してから生活保護受給に至ることがほとんどでした。

(3)滝山病院や神出病院は例外的な病院か・・・(お答え)(滝山病院は)私が務めた病院にはなかった異質な病院でしたが、私が承知しないところではあるのでしょう。ところで滝山病院では透析治療が可能との内容でした。最近の傾向として、総合病院で精神科病棟を廃止(道内の日赤病院などの公立病院で)する動きがあって、精神疾患と内科の病気を合併した場合受け入れてくれる病院が見つからず難儀しています。苫小牧市、千歳市の市民病院にもなく2つの治療が必要な患者さんが出現した時、わざわざ札幌市立病院や江別市立病院まで転院・治療を依頼せざるを得ないこともありました。確かに滝山病院などの医療内容はとんでもないもので廃院すべきものですが透析を要する精神科患者に対応できる病院が全国的にどれだけあるのか、2つの病院を責めるのは簡単ですが、日本の医療全体の問題と考える必要があると思います。そのため透析が可能な滝山病院は必要悪と地域の福祉事務所は考えていたものと思います。

最後に先生は次のように指摘されました。

「ルポ死亡退院」やそれ以前に放送されていたETV特集NHK「ドキュメント精神病院×新型コロナ」も私もみましたが、”病状が安定しているのに何十年も入院している病院がいまも存在しているのか、それも東京都内や近郊の病院において“というのが正直な感想でした。精神科の医師になってから患者さんを出来るだけ社会復帰させ、それを援助する医療方針の病院に勤務していたため(評判の良くない病院を意識的に避けていたため)番組に登場した問題の病院に対して怒りと情けなさを正直感じました。「日本の精神医学の草分け」と呼ばれた医学者―呉秀三(くれしゅうぞう)は「我が国十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに、この国に生まれたるの不幸を重ねたるというべし」との有名な言葉を残しているが、現在も変わりなく続いているようです。

ただ、精神科医療に対して滝山病院の様な病院ばかりでなく、精神科の患者さんに寄り添った心ある熱心な医療・社会復帰活動をしている病院や医療関係者も以前より多くみられていること、代表的な組織として北海道浦河町にある「ベテルの家」などの活動があり、それに同調し医療に取り入れている病院もあることは救いだと思います。

100年前で進歩が止まった日本の精神医療

以上が先生のコメントですが、呉秀三の指摘は100年前のものですから、日本の精神医療は100年前で停止しているようです。特に、先進国では閉鎖病棟への入院や身体拘束は極力避ける方向になっているにもかかわらず、日本ではほとんどその動きがありません(問題98(医療)および風景写真アルバム「イタリアの精神病院「遺跡」」をご参照ください)。

その結果、大熊由紀子国際医療福祉大学教授の調査によれば、2017年現在で、世界の精神病床の実に37%が日本に集中しているそうです(従来はこの比率は20%と言われてきました)。また、同じ調査によれば、日本の精神病院で身体拘束された人の人口当たりの比率は、米国の270倍、オーストラリアの580倍、ニュージーランドの2000倍だそうです。これだけ非人間的な拘束が横行しているとなると、日本の精神病院は、本当に病気を治療する気があるのかという感じがします。

日本の精神医療が100年前と大差ない状態にあるのは、患者の収容がビジネスになっており(収容患者1人当たり年間500万円の利益が生まれる)、医師会が改善を妨害しており、自民・公明政権もその影響で制度改正に後ろ向きであるためとみられます(2023年4月13日)。


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